神殺しのクロノスタシス6
どら焼きなんかより、もっと優先しなければならないことがあるはずなのに。

「うん。美味しいね。たまには和菓子も良いかも」

「チョコレートと言えば洋菓子の印象ですが、意外と和菓子でも合うんですね」

元暗殺者組に続いて、天音とナジュも、シルナに勧められるままにどら焼きを頬張っていた。

お前らも呑気かよ。

正しく危機感を持っているのは、俺だけ。

「はいっ、ほら、羽久もどうぞ」

自分の買ってきたチョコどら焼きが予想以上に好評で、嬉しかったのか。

シルナは満面笑みで、チョコどら焼きを俺にも差し出してきた。

…はぁ…。

絶対、どら焼き食べてる場合じゃないんだけどなぁ…。

渋々ながら、俺はチョコどら焼きを受け取った。

どら焼きを食べている…余裕があるのは良いことだと思おう。うん。

「イレースちゃんとマシュリ君にも…。…あれっ、イレースちゃんは?何処?」

「補習授業だって…」

今頃学院の講義室で、生徒達を集めて補習授業を行っている頃だろう。

イレースが戻ってくるのは、多分下校時間が過ぎてからだな。

「それから…マシュリは、集会だ」

猫の集会だってよ。

近所の猫が集まって、何を話し合っているのやら。

…冷静に考えて、猫同士でどんな会話してんの?

…世間話…?

それは分からないけど、恐らくマシュリが戻ってくるのももう少し後だろう。

その前に、「会談」の結果を教え、

「なぁんだ…。じゃあ、通りすがりの生徒を捕まえて、チョコどら焼きを振る舞おう!」

「は?」

おい、今なんて?

その前にやるべきことがいくらでも、と言いかけたその時。

「学院長先生。こんにちはー」

「入っても良いですかー?」

渡りに船とばかりに、生徒達が四人ほど、学院長室を訪ねてきた。

確かこの四人…五年生の生徒だっけ。

この時のシルナと言ったら、完全に獲物を見つけた獣の目。

「君達!よく来たね!いらっしゃい!」

「は、はい…」

生徒が来てくれたのが嬉しいのは分かるけど、大声出すなっての。

怯えさせてんじゃねぇか。

「丁度良いところに!おやつを食べに来たんだね?そうなんだね!?良いよ!今さっき帰ってきたところでね、チョコどら焼きをみんっ、」 

「え?あ、いや。おやつじゃなくて」

「ふぇ?」

「私達、ナジュ先生を探しに来たんです」

この時のシルナと言ったら…。

…大層間抜けな顔で、口をぽかーんと開けていた。

シルナのおやつなんて要らないってさ。残念だったな。

「ほう。僕をご指名ですか?」

「あ、ナジュ先生」

「良かった。ここに居たんですねー」

生徒達に指名されて、ナジュがシルナの前に踊り出た。

この時も、シルナは相変わらずぽかーんとしていた。

「あの、これから稽古場に行って、明日の実技授業の練習に付き合ってくれませんか?」

「私達、ナジュ先生に教えてもらいたくて」

「ほほう。勿論良いですよ」

「良かったー!ナジュ先生の実習訓練は、いつも本当に分かりやすいんです」

そりゃそうだろ。

ナジュと来たら、お得意の読心魔法で生徒の心を読み。

生徒が分からないところ、苦手なところを的確に見抜いて、教えているのだから。

生徒達の間では評判だよ。「ナジュ先生の授業は分かりやすい」ってな。

まさか、その裏に読心魔法のカラクリがあるとは…令月とすぐり以外の生徒は、思ってもみないだろうな。
< 18 / 404 >

この作品をシェア

pagetop