神殺しのクロノスタシス6
「よく戻ってきてくれました。元気でしたか?何か困ったことはありませんでしたか?」

「お気遣い、ありがとうございます。何も問題はありません」

「そうですか。良かったです」

本当は、そのようなことを私にわざわざ尋ねる必要はないのだ。

私はもとより、智天使様の目であり耳であり、手足である存在。

智天使様はいつでも、私と感覚を共有し、私と同じものを見て、同じものを聞くことが出来る。

それでも私に問いかけてくださるのは、智天使様が心から私を気遣ってくれているという、何よりの証拠だった。

…やはり、この御方はお優しい。

聖神ルデス様に仕える上位天使の一人とは、とても思えないほどに。

「ご命令通り、裏切り者の聖賢者殿を観察してきました」

「ありがとうございます。苦労をかけましたね」

「とんでもない。あなた様のご命令なら、いつでも、どんなことでも」

あなたはただ、自分の手足を動かすように私に命じれば良い。

そうすれば私は、あなたの手足となって、どんなことでもやってみせるだろう。

「智天使様こそ、私がいない間、何もありませんでしたか?」

「えぇ。大丈夫ですよ」

もし何かあったとしても、智天使様は私に心配をかけないよう、黙っているだろう。

そういう方だ。誰よりもお優しいから。

このような緊迫した状況だからこそ、せめて少しでも肩の力を抜いて欲しい。

「僭越ながら、智天使様にお土産をと思いまして…」

「お土産、ですか?」

「地上で買ってきました。ホワイトチョコレアチーズケーキだそうです」

私は何もない空間から、白いケーキボックスを取り出した。

この間、聖賢者殿に献上したのと同じ品である。

あまりにも美味しそうにこのケーキを食べ、おまけに敵であるはずの私にさえ勧めてきた。

人間の食べ物とは如何なるものか、と思いながら口にしてみたところ。

意外なほどに美味だったので、智天使様へのお土産にどうかと思った次第である。

「ホワイトチョコ…レアチーズ、ケーキ?何だか長い名前ですね…」

「これが人間の間で、と言うか聖賢者殿の中で流行っているそうです。どうぞ、試しに」

「あ、ありがとうございます…。何事も経験ですね。それに、リューイがわざわざ用意してくれたものなら、無碍にすることは出来ません。…いただきます」

「はい、どうぞ」

恐る恐る、といった風に。

智天使様は、ホワイトチョコのレアチーズケーキを口にされた。

…さて、どうでしょう。

「如何ですか?智天使様」

「…!美味しい…!」

と言って、智天使様は目を輝かせた。

そうですか。それは何より。

お土産にして良かったです。

「人間界には、このような美味しいものがあるのですね。初めて知りました」

「私もです。魔導師も天使と同じように、食事は必要ないはずなのですが…。聖賢者殿曰く、これを食べたら幸せな気持ちになれる、嗜好品なのだそうです」

「な、成程…。そのような考え方もありますね」

「それから、もう一つ」

もう一度、私は何もない空間から、もう一つのお土産を取り出した。

「えぇっと…。そちらは?」

「猫用ちゅちゅ〜る、プレミアムマタタビ味だそうです」

「えっ」

こちらは、言わずもがな、神竜殿に献上したものである。

「神竜殿が、あまりにも恍惚としてこれを舐めていたので…。さぞや美味しいに違いないと思いまして」

「そ、そうですか…。し、神竜族なのに猫のおやつを食べるんですか…?」

それは永遠の謎ですね。

半分ケルベロスが混じっているからでしょうか。…ケルベロスは犬ですが。
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