神殺しのクロノスタシス6
「お…お人好し、ですか…」

どんな悪人かと思いきや、出てきたのはただのお人好しとは。

悪人のように見える人間こそ、実はそうでもなかったりするということなのかもしれない。

もっと分かりやすい悪人であってくれたら、こちらも何も考えず、悪を成敗する裁定者になれたものを。

「普段は善人の顔をして、仲間も周囲も騙しているだけかと思いましたが…。どうやらそうでもないらしく…」

ここ最近の聖賢者殿の記録を確認してみたところ。

えー、○月○日。女子生徒が何処かに落としたお気に入りのヘアピンを、見つかるまで一緒に探してあげる。

学生寮のゴミ箱というゴミ箱を(聖賢者殿が自ら)漁って、無事発見。洗ってアルコール消毒してから返却。

えー、次。○月○日。帝都のケーキ屋にシュークリームを買いに行くも、目的だったチョコクリームシュークリームがラスイチ。

聖賢者殿は血の涙を呑みながら、後ろに並んでいた小さな女の子連れの親子に譲ってあげる。

更に、○月○日。昼食のメニューに出たゴーヤ炒めが苦手な生徒達の代わりに、5皿分のゴーヤ炒めを食べてあげる。

しかしこれは甘党の聖賢者殿にも辛かったらしく、後で口直しにチョコレートを食べまくる。

続く○月○日。生徒に乞われて、授業で行う小テストの頻度を少なくするよう、同僚の鬼教官殿に直訴。

当然受け入れられるはずもなく、その鬼教官殿に脳天に雷を食らって撃沈。

…などの言動が、本に記録されてる。

「…そ、そうですか…。最後のは…ちょっと自業自得な気がしなくもないですが、他のエピソードは、凄く優しいですね…」

「そのように見えますね。…これらも、全て演技でなければの話ですが」

これら全てを演技のつもりで行っているのなら、大したものだと思う。

「演技ではないと思います。本当に悪意を秘めているなら、いつまでも誤魔化しきれるものではありませんから」

と、智天使様はきっぱりと仰った。

「私の個人的な意見を申し上げて良いなら、私も同じ思いです」

あれは、あの親切やお人好しは、聖賢者殿本来のものだ。

人間というのは、様々な多面性を秘めている生き物である。

家の外ではとても親切で優しい人でも、家の中では横暴に振る舞う暴君だったり。

その逆もまた然り。

「あれが、あの方の本当の姿なのでしょう。片や神に反旗を翻し、片や仲間に甘いおやつを振る舞い…」

その姿は、とても憎むべき「神の敵」には見えない。そ

ただの、普通の人。

イーニシュフェルトの聖賢者と言えど、何の変哲もない普通の人間なのだ。

「…今回、あなたをシルナ・エインリーのもとに派遣して良かった。…彼の本当の姿が、垣間見えたような気がします」

「はい」

智天使様は、聖賢者殿の真意が知りたいと言っていた。

その為に、私を聖賢者殿のもとに遣わせたのだから。

「やはり私には、彼がセフィロスやソロネが言うような、酷い悪人だとは思えません」

「はい」

「シルナ・エインリーが神の裏切り者である事実は変わりません。ですが…少なくともあのような形で、彼を傷つけることはしたくない」

そう言う智天使様の目には、覚悟が決まっていた。

…あなたなら、そのように仰ると思っていました。
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