神殺しのクロノスタシス6
怒ったのか?まさか怒ったのか?…朝食にチョコビスケットを配っただけで?

昨日の今日で、何でこんなにイレースを激怒させ…。

「シルナ!お前何やったんだ?また何かイレースを怒らせるようなことしたのか!?」

「えぇっ!?わ、私何もしてないよ!?」 

大パニック。

「こっそりチョコケーキ代を経費で落としたりとか、魔導教育委員会に提出する用紙にチョコのシミを作っちゃったとか、そんなことはしてないから!」

地雷だらけじゃねーかよ。

そりゃ怒られる。だが、俺まで怒られるのはおかしくないか?

悪いのはシルナであって、俺は無実。

…しかし。

イレースが怒っているのは、そういうことではなかった。

「何を意味の分からないことを言ってるんです」

…え?

「さぁ、出て行ってもらいますよ。ここはあなた達の居て良い場所ではありません」

イレースの言っている言葉の意味を、問い返す暇もなく。

容赦なく、イレースの雷魔法が放たれる…その時。

「っ!?」

思わぬ助け舟が、イレースの背後から飛び出してきた。

銀色の猫…いろり…と言うかマシュリが。

杖を持ったイレースの手に、飛び掛かってきた。

背後からの思わぬ一撃に、イレースは雷を迸らせた杖を取り落とした。

「っ、この猫…!」

「イレースせんせー!」

数メートル先からでも生き物の気配を感知する、元暗殺者達でも。

魔物である、マシュリの気配を察知することは出来ない。

それ故、令月とすぐりにとっても、このマシュリの登場は予想外だったのだろう。

二人が俺達に突きつけていた小太刀と糸が、一瞬、緩んだ。

その隙を、マシュリは見逃さなかった。

マシュリはいろり形態から、本来の姿…ケルベロスと人間のハーフ…の姿に『変化』した。

滅多に見られることのない、マシュリの本当の姿。

禍々しい異形の姿に、イレースや令月達はたじろいだ。

「な、何なんです…!?」

「化け物…」

令月が、吐き捨てるように呟いた。

その心無い言葉に、俺は衝撃を受けた。

…化け物だって?

何故そんなことを言うんだ。マシュリが化け物なんかじゃないって、令月も皆も知ってるはずだ。

「お前達…!一体、どう…」

どうしたんだと聞こうと思ったが、それどころではなかった。

マシュリの異形の姿に、一瞬たじろいだ令月達だったが。

さすがは元暗殺者。すぐさま態勢を立て直し、再びこちらに刃を剥けようとした。

その目には、明らかな殺意が宿っていた。

ゾッとするような目だった。

まるで、出会ったばかりの頃の…『アメノミコト』時代の令月とすぐりに戻ったみたいで。

俺は、床に縫い付けられたように動けなくなった。

しかし、マシュリは。

「逃げるよ」

「っ!?」

令月達を相手にせず、俺とシルナの襟首を口に咥えた。

「っ、待て!」

「待ちなさい!」

すぐりやイレースの制止も聞かず、マシュリは俺達を咥えたまま、イーニシュフェルト魔導学院の食堂の窓を突き破って外に出た。
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