神殺しのクロノスタシス6
そんな僕の心配をよそに。

「あ、いろりちゃーん。おいでー、よしよし」

放課後、いつも通り、いろり…猫の姿で中庭に行くと。

猫の餌入れを持った生徒が、そこに待ち構えていた。

餌入れの中から、芳醇なマグロの匂いが漂っているのが分かる。

…じゅるり。

「はい、今日のご飯だよー」

「にゃー」

…むっ、この匂い。

見た目はあまり変わらないけど、これはいつもの猫缶とは違う。

…もしかして、これは、あの噂の。

「えへへ。いろりちゃん、気づいた?今日の猫缶は、いつものとは違うんだよ」

「にゃー」

分かります。この猫缶はもしかして。

「新発売のツナマグロ味なんだって。ペットショップのおすすめコーナーに置いてあったから、買ってきたんだー」

やはり。そうだったか。

これが、先日のねこねこ超会議の話題になっていた…新発売の猫缶。

どんな味がするんだろうと想像していたけれど、まさか実物を食べさせてもらえることになるとは。

猫やってて良かった。

…じゅるり。

「嬉しい?いろりちゃん。嬉しい?」

「にゃー」

思わず、尻尾が左右に揺れる揺れる。大興奮を抑えきれない。

「えへへ、いろりちゃん嬉しそう…。…はいっ、じゃあ食べて良いよー」

ありがとうございます。

では、いざ実食…と、餌入れに鼻を近づけたその時。

…。

「…?どうしたの、いろりちゃん。食べないの?」

…いや、今。

一瞬…妙な匂いがした、ような。

食欲をそそる、美味しそうなマグロの匂いじゃなくて。

もっと癖の強い…鼻を刺すような刺激臭が…。

明らかに、食べ物の匂いではなかった。

僕はもう一度、餌入れの匂いをふんふんと嗅いでみた。

「…?いろりちゃん…」

初めての餌を前に、警戒している猫に見えてるのかもしれない。

不審なのは餌じゃなくて、匂いなのだが…。

…しかし。

次の瞬間には、変な刺激臭は消えていた。

ただ、美味しそうなマグロの匂いがするだけ。

…気の所為か?今のは…。

「やっぱり、いつもの餌の方が良かった?替えてこようか?」

いや、その必要はない。

一瞬、変な匂いかしたような気がするけど…。次の瞬間には消えていたし。

気の所為だろう。…多分。

それに何より、新作猫缶の味を是非、自分の舌で味わってみたかった。

折角の機会なのに、ちょっと変な匂いがしたからって諦めるのは、あまりに勿体ない。

「にゃー」

「あ、食べてる…」

美味しいマグロ猫缶を口に入れた瞬間。

僕は、先程感じた刺激臭を忘れてしまった。

猫やってて良かった。…本当に。
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