神殺しのクロノスタシス6
だが、今は愚痴っている場合じゃなかった。

街を歩いていても、誰も俺とシルナを気に留めない。

ってことは、イレースが俺とシルナにブチ切れてたのは、俺達がお尋ね者だからじゃなくて。

単に、学院に不法侵入し、ついでに朝食に怪しいもの(チョコビスケット)を紛れ込ませたから。

…って、認識でOK?

それだけでも…充分痛手だけどな…。

しばらく街の景色を眺めた後、俺とシルナは路地裏に戻った。

そこでしばらく待っていると、いろり形態のマシュリが戻ってきた。

「あっ、マシュリ…」

「ただいま」

良かった、無事に戻ってきて。

お前まで豹変してしまったら、どうすれば良いのか分からないよ。

マシュリは人間の姿に『変化』し直した。

「どうだった?猫仲間には会えたか?」

「会えたよ。近所のネコミュニティを総動員して、偵察と聞き込みを頼んできた」

ありがとう。ネコミュニティって何?

「夜の間、学院の周辺にいた猫達に話を聞いたんだけど…特に変わったことはなかったはずだって」

「…そうか…」

…まぁ、そりゃそうだよな。

もし学院の敷地内で怪しい出来事が起こればすぐに、令月かすぐりか。

あるいは、校内に無数に撒き散らされているシルナの昆虫分身のどれかが、気づくはずだ。

誰も気付かなかったってことは、学院内に異変はなかったのだ。

学院に異変はないけど、学院内にいた人間には異変が起きた。

その原因が分からなくて、困ってるんだがな。

「今は、学院の周囲に不審なモノや人物が彷徨いてないか、猫仲間に張ってもらってる」

「そうか…。悪いな…。見知らぬ野良猫にそこまでしてもらって…」

「報酬はゴールド猫缶10缶ってことで手を打ったよ」

ちゃっかりしてんな。野良猫の皆さん。

良いよ。それでイレース達の記憶が戻るなら、プラチナ猫缶100缶プレゼントしても良い。

俺が自腹を切ってやるよ。

「私と羽久も、少し街の様子を見てきたんだけど…。…特に変わったことはなさそうだったね」

「異変が起きたのは学院の中だけで、街には何の変化もないって…」

「…いや、それはどうかな」

…え?

ちょっとマシュリ。怖いことを言わないでくれ。

「…何か気になることでも?」

「匂いがするんだ…。あの夜感じたのと同じ匂い…。気の所為かもしれないけど…」

…??

「…マシュリ、どういうことなんだ?詳しく聞かせてくれ」

「あ、いや…。…何でもない」

いや、絶対何でもないことはないだろ。

明らかに何か隠しただろ。言ってくれよ。気になるだろ。

「それより、学院長はこれからどうするの?」

「う…。…そうだね…。記憶がなくなった原因も気になるけど…。私は、それ以上に…」

それ以上に?

「あの場に居なかった二人…。天音君とナジュ君がどうしてるのか、気になるかな」

「あっ…」

…そうだった。ごめん。忘れてた。

シルナに言われて思い出したよ。

イレースと令月、すぐりの三人に敵意を向けられた、そのショックで失念していた。

そういや、天音とナジュの二人には、まだ会ってない。

マシュリだって記憶喪失から逃れられたんだ。もしかしたら、天音とナジュの二人なら…。

「二人は、俺達のこと覚えてるかもしれない」

「うん」

絶望的な状況だったけど、ちょっと希望が見えてきた気がする。
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