神殺しのクロノスタシス6
冗談でも脅しでもない。

天音の両目は、まさに本気だった。

凄まじい殺意と気迫に、思わずたじろいでしまいそうになった。

…もしかして、俺は勘違いしていたんじゃないか?

天音なら、話し合いに応じてくれると思っていた。例え俺のことを覚えていなくても。

常日頃、争い事が大嫌いで、平和主義な天音のこと。

「話し合って解決しよう」と言えば、応じてくれるものと思っていた。

俺が知る、普段の天音だったら、そうしてくれただろう。

でも、今の天音は違う。

ナジュも様子がおかしいし、天音もそうだ。

記憶がなくなって、性格まで変わってしまったようだった。

今の天音は…俺達を斬ることに容赦しない。

ましてや、親友を傷つけられたのだから、余計に情けをかける理由なんてない。

なんてことだ。どうしたら良い?

「待ってくれ。俺達は争う為に来た訳じゃ…!」

「…どの口で言ってんの?」

「!?」

振り向くと、そこには俺達の退路を断つように、令月とすぐりの二人が立っていた。

背後を取られた。いつの間に。

更に。

「今朝は潔く出ていったから、見逃してやろうと思っていましたが…。のこのこ戻ってくるとは良い度胸です」

「…イレース…!」

天音の後ろから、イレースも職員室にやって来た。

…不味い。挟み打ちだ。

「…時間をかけ過ぎてしまったみたいだね」

シルナが、険しい顔で呟いた。

…そうみたいだな。

「悪い、俺がもたついてしまったせいで…」

「ううん。羽久は悪くない…。私がもっと上手く説得出来ていれば…」

「…謝り合戦してる場合じゃないよ」

正面を天音とイレースに、背後を元暗殺者二人に囲まれた状態で、マシュリが言った。

「ひとまず、この場所を離れないと」 

…そうするしかない。

目の前に仲間達がいるのに、争う理由なんてないはずなのに。

天音は完全に頭に血が上ってるし、暗殺者スイッチの入った令月とすぐりに、説得なんて通じない。

イレースだって、完全に敵を見る目。

…違うんだよ、本当に。俺達は仲間なのに。

何で、仲間にそんな敵意の目を向けられなきゃいけないんだ?

心が折れそうなくらい悲しかった。

だけど、今この状態で俺が何を訴えても、彼らには届かない。

マシュリの言う通り、この場は撤退するしかなさそうだ。

「…逃げられるとでも思ってる?」

…撤退、させてもらえればの話だけど。

次の瞬間、後ろから飛びかかってきた令月の小太刀を、ケルベロスの姿に『変化』したマシュリが止めた。

「ちっ…!刃が通らない」

「君達を傷つけたくない。危害を加えるつもりはないから、僕達を逃して欲しい」

こんな時でも、マシュリは冷静に、令月にそう頼んだ。

しかし。

「化け物の言うことは信じないよ」

令月は冷たくそう言い返し、無慈悲に小太刀を振るって、マシュリの脚を一刀両断した。

…化け物。

令月が、またしても、マシュリのことをそんな風に…。

「マシュリ…!大丈夫か!?」

「平気」

さすがは、ケルベロスの血を引くマシュリの再生能力。

脚を切断されても、すぐさま再生していた。

「ふーん。本当に化け物だね、気持ち悪い」

すぐりが、両手に糸を絡ませながら言った。

…すぐり…お前まで。

「奇妙な変身の術を使うようですね。気をつけて捕獲してください。…この際、生死は問いません」

「ナジュ君を苦しめてくれた、そのお礼をしてあげるよ」

自分達も忘れるなと言わんばかりに、正面からイレースと天音が迫ってきた。

言うまでもなく、危機的状況である。
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