神殺しのクロノスタシス6
「さっきから何度も言ってる…『ムシ』っていうのは何なんだ?ジュリスが見たっていうミミズのことか?」

「そうです。『ムシ』と呼んではいますが、非常に感染力の強いウイルスのようなものだと思ってください」

…ウイルス…。

…天使がウイルス使うのか?

「熾天使様が『ムシ』の幼生を作り出し、ラファエルとミカエルが皇王殿をけしかけて、アーリヤット皇国、及び諸外国との貿易品に紛れ込ませて、ルーデュニア聖王国の港に持ち込ませたのです」

「はぁ…?」

貿易品に紛れ込ませた、って…。

「ルーデュニア聖王国に届けられた輸入品に紛れ込ませたってことかよ?」

「はい」

しれっと「はい」って言うんじゃねぇ。一大事だろうが。

輸入品にウイルスが紛れ込んでるなんて、それもうとんだバイオテロ。

「…そういや…ルーデュニア聖王国の港に届いた荷物に、怪しいものが紛れ込んでる噂がある、って…」

と、ジュリスが思い出したように言った。

「マジで?そんなことあったのか?」

「あくまで噂だけどな。一応確認する為に、俺とベリクリーデで港を見に行ったことがある。…でも、あの時は何も見つからなかったぞ。なぁ、ベリクリーデ」

「…ほぇ?」

「…お前に聞いた俺が馬鹿だった」

…忘れてんな。完全に。

ベリクリーデの記憶力は大変怪しいが、ジュリスがそう言うのなら確かなのだろう。

「『ムシ』は小さいですから、肉眼で見ることは出来ません」

「だが、俺が今朝見たあのミミズは、大人の親指くらいの大きさだったぞ」

「それは、一度人間の体内に寄生しているからです。大気に乗って人間の体内に入り込むと、『ムシ』はその人間の心臓に寄生します」

しっ…心臓?

ウイルスが心臓に寄生するって、何処の三流バイオホラー映画だよ。

現実でそんなことになるの、マジで洒落にならないからやめてくれ。

「人間の心臓を餌に、『ムシ』は成長します。そして…心臓に循環する血液を通して、宿主の人間の脳を操ることが出来ます」

「ひぇっ…」

シルナもドン引き。

話が見えてきたぞ。

「つまりイレース達は、その『ムシ』に寄生されて脳みそ操られて、記憶をなくしたんだな?」

「そうです」

ふーん。成程。

全然納得は行かないけど、やっぱり記憶喪失はイレース達自身の意志ではなかったんだな。

得体の知れない天使産のウイルス『ムシ』に侵されたのが原因だと。

「つーことは、俺もその『ムシ』とやらに寄生されてたのか…」

「ジュリス、虫に食べられちゃったの?」

「まぁ、そんなようなもんだ…。身体の中にそんな気色悪い寄生虫がいるなんて、自分でも無自覚だったがな」

親指サイズの寄生虫が心臓の中にいたのに、全然気づかないとは。

よっぽど巧妙に隠れてるんだろうな…。

「おい、天使」

「私のことはリューイを呼んでください」

「じゃあ、リューイとやら。その『ムシ』とやらは、感染して何時間で宿主を乗っ取れるんだ?今朝起きたら俺はベリクリーデのことを忘れてたが、昨日まではちゃんと覚えてたんだ」

その通りだ。

イレース達もそう。昨日まではいつもと変わらなかった。 

それなのに、今朝突然豹変していたのだ。

寝てる間に『ムシ』に感染して、そのまま脳みそ操られたってことか?

「『ムシ』が体内の心臓に寄生してから、およそ数時間の潜伏期間を経て、身体全体に『ムシ』の支配が及びます。一晩あれば充分記憶の操作は可能でしょう」

「じゃあ、昨日の夜に寄生されて、一晩かけてあの大きさまで成長したってのか?」

「そうなります」

成長速度、はやっ。

一度寄生されたらあっという間じゃないか。

おまけに、本人は全く無自覚の間に寄生されて、あれよあれよと脳みそまで操られるんだろ?

なんて恐ろしいウイルスなんだ。
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