神殺しのクロノスタシス6
僕は驚いて、声のした方に振り向いた。

そこに立っていたのは、小柄な女性の姿だった。

真っ赤な、紅蓮色の長い髪をした女性。

全く見覚えのない人物。

…まさか、僕が気づかないなんて。

足音もしなかった。気配も、体臭も、全く感じなかった。

こんなことは初めてだった。

まるで、人間じゃない生き物…。

「…何をするつもりなのか知らないけど」

僕はゆっくりと立ち上がって、そう言った。

「君達の好きにはさせない。学院長達を…仲間を…守らなくては」

学院の侵入者を、野放しにはしておけなかった。

ましてや、あんなモノを見せられた後では…。

この人が何者だとしても、僕は僕の存在を見てくれた仲間達を守る為に、

「…ごめんなさい。あなたに恨みはありません」

そう言って、赤い髪の女性は、すらりと銀色の剣を抜いた。

…あれは…?

「ですが…蒔いた種が芽吹く前に、摘み取られては困るのです」

「…蒔いた…種?」

じゃあやはり、ルーデュニア聖王国全土に「コレ」を持ち込んだのはこの女なのか。

「この世界に生きる、大勢の命を守る為に…。…犠牲になってください」

「…!」

爆発的な、強い殺気を感じたと思ったら。

既に、僕の心臓に深々と剣が突き刺さっていた。

「ぐっ…!…っ…!?」

刺された胸を押さえて、その場に膝をついた。

見えなかった。姿が。全く。

冗談じゃない。ケルベロスの目を持つ僕の目に追えないなんて。

すぐに分かった。目の前にいるこの女は、人間の枠組みを超えている。

まともに戦って、相手が出来る存在じゃない。

自分自身も人外生物みたいなものだから、よく分かる。

でも、この人は…僕以上だ。

「すぐには死ねませんか…。そうか、あなたは竜族の血を引いているのでしたね」

剣についた血を払って、赤い髪の女が僕を見下ろしていた。

「聞いたことがあります。竜族には心臓が7つある、と」

…よく、知ってるね。

その通りだ。神竜バハムートの血を引く僕には、心臓が7つある。

驚異的な生命力と再生速度は、その7つの心臓に支えられている。

学院には、心臓が一つしかないのに不死身な人間がいるから。

7つの心臓なんて大したことないと思って、殊更仲間達に自慢したことはないが。

例え一つ二つ心臓が止まっても、7つのうち一つでも心臓が動いていれば、どれほど肉体を破壊されようが、再生することが可能だ。

…いや、でも僕の場合は…。

本当は、7つじゃなくて…。

…悠長に考えていられたのは、そこまでだった。

「ならば…申し訳ありませんが、7つ全てを破壊させていただきます」

「…!」

再び強い殺気を感じて、ともかく反撃しようと、咄嗟に肉体を『変化』させた。

学院長が僕にくれた、賢者の石の指輪が宙を舞った。
< 32 / 404 >

この作品をシェア

pagetop