一人称おじの部長は、ひたむきな部下を溺愛する
裏腹な説明
企画書も、うまくまとまってきた気がする。
葛城さんのアドバイスを取り入れたおかげで、方向性がわかってきた。
お弁当屋さんの入れたい「感謝」の気持ち、それに、今まで味わってきた人が持ってるだろう「感動」を合わせたCMにしたい。
葛城さん……
私は、考えると言って、まだ、答えを出せていなかった。
当真は「荷物はもう持って行ったから」と連絡をくれたのに、なぜか、私の家によく来るし。
最近、しつこく話しかけてくる。
だから、考えるどころじゃなかった。
企画書を保存して、閉じる。
集中しようと思えば思うほど、他のことに思考が散ってしまうのは、職務上良くない。
こめかみを抑えながら顔を上げれば、いつのまにか近くにいた瑠美と目があった。
「ルノちゃん、ひどい!」
「え、え?」
「当真のことがあったからって、私のこと無視しなくてもいいじゃんっ!」
「ごめん、集中してて気づかなかった」
「私も、悪かったと思うよ。でも、無視とか、メールを共有してくれないとか。そういうことまで、しなくていいじゃん」
目に涙を浮かべて、瑠美は、私を責め立てている。
無視は、勘違いさせたのかもしれないけど、共有してないことは絶対にない。
スマホをデスクの上に、置いて、瑠美の方を見つめる。
「瑠美、何か、勘違いして……」
「ルノちゃんは、私と一緒に仕事したくないのは、わかるよ。でも、そこまでしなくてもいいじゃん」
ざわざわ空気が揺れ動いて、先輩たちは様子を伺っている。
微かに聞こえる声は「さすがに仕事上では……」とか、「吉川さんだってミスくらい」という二極化してた。
信じてるのは、瑠美の可愛らしさに絆されて仕事を変わってあげている人たちか。
はぁっとため息を吐きそうになって、飲み込む。
私が、悪者にされてしまってる。
「そんなことないよ、勘違いさせて」
「もういいよ、ルノちゃんが怒ってるのわかってる。私が悪かったから許して」
私の謝罪をかき消すように、大きな声で謝り出した。
そして、ビシッとキレイな角度で頭を下げる。
まるで、私が悪いみたいじゃん……
「怒ってない怒ってない! ごめんね、勘違いさせて」
「ありがとぅ……もう、私だけ仲間外れとか、無視しないでね」
うんうんと大きく頷けば、満面の笑みの瑠美。
何がしたいんだか、本当にわからない。
私を居づらくさせて、いなくなって欲しいんだろうか。
そんな気はする。
私たちの仲直りを見届けた、ざわざわは静かになっていく。
瑠美は満足そうに、自分のデスクに戻っていった。
一気にどっと疲れが、出てくる。
一度お手洗いに行こうと思って、部屋を出た。
静かな空間に出た瞬間、どうしてという思いばかりが浮かんでくる。
どう考えても、私が被害者だって、みんな知ってるのに。
それでも、瑠美のあの言葉を信じてしまう人がいるんだ。
わからない。
被害者だって、知ってるから……そう、思われたのかも。
お手洗いに入って、一息つく。
ゆっくりと腰掛ければ、外から瑠美の声が聞こえてきた。
「ルノちゃんはもう私のこと嫌いなんです……」
「えぇっ? 吉川さん?」
「ちょっと彼氏のことで揉めちゃって……それから、無視されてて仕事のこととかも、私だけ無視して教えてくれないんです」
瑠美と、他の部署の人の声だ。
先ほどのやりとりとまったく、同じ内容をトイレでも話し出してる。
そこまで、私が嫌いなのは良いんだけど。
面倒だなぁ。
「さすがに、業務に関わることは教えなきゃダメでしょ。いくら、彼氏を取られたっていうか、そもそも取られたも誤解なんでしょ?」
「そうなんです、当真はずっと別れようとしてて、ルノちゃんが認めなくて」
トイレを流す音を流してみても、二人は出ていくことなく話し続ける。
事実無根の話に、ため息が出た。
そこまで、私を追い出したいか。
そもそも、当真に別れようと言われたことも一度もないし。
瑠美が、浮気してたその家は、私の家だけど?
「当真くんも、悪いよね、ずるずる別れられないまま瑠美にもアプローチって」
「瑠美が悪いんです……」
「困ったことあったら相談して! 私がはっきり言ってあげるから」
「早川先輩、ありがとうございます!」
メイク直しに来たところだったのか、二人とも個室にも入らず出ていく音がする。
安心して扉を開ければ、戻ってきた瑠美と鉢合わせた。
「ルノちゃんの居場所、もう無くなっちゃったね」
「はい?」
「部長に気に入られて良い気になってるのかもしれないけど、部長も私が良いって、言ってたよ」
瑠美は嬉しそうに、唇を歪める。
そして、私の頬をつんつんと人差し指で突いた。
「笑顔、笑顔! そんなんだから、捨てられちゃうんだぞっ! 部長にも、当真くんにも」
「葛城さんは、関係ないでしょ?」
「あれー、ルノちゃんの片想いだった? ごめんごめん、勘違いしちゃった! 私おっちょこちょいだから」
「もう、いい?」
「逃げるんだぁ」
瑠美が私の目の前に立って、もじもじとする。
そして、私の目を見て、はっきりと笑った。
「あ、一つだけアドバイス」
「なに?」
「私たち三人に振られてるコンペのやつ。企画書、作り直した方がいいよー」
「え?」
「ふふふ、残念っ!」
それだけ言って、瑠美はトイレから出ていく。
足から力が抜けて、ふらふらとへたり込んだ。
どうしてそこまで、私は瑠美に嫌われてるんだろう。
当真とのことがあるまでは、普通の仲のいい同僚だったはずなのに。
わからない。
それでも、仕事は待ってくれない。
なんとか、デスクに戻るも、視線が突き刺さる気がして、指だけが忙しなく動いていた。
どれくらい集中した、だろうか。
背伸びをして時計を見れば、もう定時間際。
ざわざわと帰宅準備を始める音が、耳に響く。
終わらせた仕事に不備がないことを確認していれば、当真が近づいてくる。
気づかないふりをして、パソコンの画面をじぃっと見つめる。
「なぁ、ルノ」
「なんですか」
「その頑なな態度やめようよ、話したいことがあるんだ」
「どうぞ」
「ここじゃ、あれだから」
当真の態度に訝しみながらも、瑠美を確認する。
デスクのところには、いない。
パソコン上でスケジュールを確認すれば、どうやらあの騒動の後は取引先での会議だったようだ。
悩みながら、顔を上げれば、当真の懇願するような顔。
断りたい。
正直、めちゃくちゃ相手したくない。
それでも、何日も何日も、家にこられるのもストレスだ。
「わかった」
確認していた書類を保存して、パソコンをシャットダウンする。
カバンを机の下から引き摺り出したら、当真は自分のデスクに戻って行った。
スキップしそうな、勢いで。
じろっと他の先輩方からの視線を感じて、部署内を見渡す。
ヒソヒソと囁き合う声も聞こえて、居心地が悪い。
当真に会社近くの喫茶店で待ってるとだけ、送ろうかとしてやめた。
瑠美に、また攻撃される火種は作りたくない。
それでもここに居るのは、針の筵。
部屋から出て、スマホを見ながら当真を待つ。
ちょうど、葛城さんからメッセージが来ていた。
『揉めたの見てたけど、大丈夫?』
これは、部下としての心配か。
それとも……想像してみて、やめた。
安心させるために、大丈夫だったことと、これから当真と喫茶店で話してくることを、打ち込んで送信する。
当真のことが解決したら……
葛城さんと向き合えるかもしれない。
まだ、葛城さんが私を思ってくれてることを、信じきれないけど。
『わかった』
短い言葉と、パンダのスタンプが届いて、つい口元が緩んだ。
素の葛城さんは、だいぶ可愛らしい。
「待たせたな」
出てきた当真は、よっと軽く手を挙げた。
ふいっと目を逸らして、早口で言葉にする。