一人称おじの部長は、ひたむきな部下を溺愛する

やられっぱなしじゃない


 今日を乗り切れば、晴樹さんが帰ってくる。
 助けてもらおうと思ってるつもりじゃないけど、やっぱり、居てくれるだけでも心強い。
 
 毎日の無視は、さすがにストレスになってる。
 冬馬も気まずそうにこちらを見るだけで、どちらの味方もしない。

 お取引先の打ち合わせから戻って、デスクに座る。
 もう、十三時半を過ぎていた。
 あとは、五時間くらい。
 気にせずに、仕事をするだけだ。

「吉川さん、ちょっといいかな」

 パソコンを開いた瞬間、早川さんに声を掛けられる。
 そういえば、前トイレで、瑠美に相談されていたな、と思い出す。
 くるんとイスを回して、早川さんと目を合わせた。

 イライラを隠そうともせずに、眉間に皺がよってる。

「どうしました?」
「こんなこと言いたくないんだけど」

 はぁっとため息まじりの言葉に、部署内の人間も、チラチラとこちらを見ている。
 早川さんは、腕を組んだまま、指でトントンとリズムを刻みながら、私のパソコンを指差した。

「中身、見せてくんない?」
「はい?」

 予想外の言葉に、素っ頓狂な声が出る。
 驚いて、瞬きをすれば、早川さんは声を荒げた。

「瑠美ちゃんの企画、盗んだよね! わかってんの! 早く出せよ! 泥棒!」

 全員が一斉に、こちらを向く。
 遠慮なくなってきた視線に、重たいため息を吐き出した。
 盗んだって、私がどれだけ準備してきたものだと思ってるの?
 まさかの言いがかりに、胃の奥がじわじわと痛みだした。

「盗んでないなら見せれるよね!」
「早川さん、私はいいんですっ! ルノちゃんも悪気が……」
「企画盗むやつに、この会社居て欲しくないの!」

 黙ってれば、悪くなっていく。
 わかってるのに、喉につっかえて、言葉がうまく出ない。
 震える指で操作して、企画書を開く。

 出てきた企画書のタイトルを見て、早川さんは、プルプルと震え出した。

「本当に盗んでたなんて!」
「盗んでなんかないです!」
「全く一緒のタイトルじゃない! 中身だって!」

 私の手から、乱暴にマウスを奪い取って、中身を精査していく。
 じっくりと手元の紙と、見比べながら。
 覗き込めば、私が作ってる企画書にそっくりだ。
 そっくりと言うよりも、まるっきり一緒。

 血の気が、引いていく。
 どこで、私の企画書を盗んだの?
 言いがかりを付けられても、日付の記録がある。
 でも、嫌な気持ちが身体中に張り巡らされていく。

「やっぱ、盗んでたんじゃん。泥棒!」
「盗んだのは、そっちじゃないんですか」

 震える足を、無理矢理押さえつけて、じいっと二人を見上げる。
 早川さんは私を睨んだまま、瑠美を抱きしめた。

「開き直るんだ、最低! 瑠美がどれだけ悩んでたと思ってるの」
「瑠美のその企画書のデータ作成日時、教えてください」
「消されたの……覚えてる限り復元したけど、消えちゃって」

 あまりにも乱暴な言い訳に、ため息が出る。
 早川さんはそれを信じて、こんな問い詰め方をしてるわけ?

「私が勝手に、瑠美のパソコンにログインして消したって言いたいんですか?」
「そうよ! 違うの?」
「違いますよ」

 否定したところで、証拠は今すぐには出せない。
 録画のカメラを見て貰えばとも思ったけど、そう簡単にカメラ映像を見せてもらえるだろうか。
 私が提案したところで、裏で手を回したとか言われるのかも。

 辞めるしか、ないのかな。
 ここを……
 瑠美も、当真も、居る時点で、働き続けるのが無理だったのかも。

「瑠美、当真から聞いたんだから! 当真にしつこく、付き纏ってより戻そうって言ってたんだよね。瑠美と別れないから、嫌がらせだったんでしょ。ルノちゃん、認めてよ」

 ふるふると声を震わせながら、瑠美は手のひらをぎゅっと、握りしめる。
 都合よく、また当真も居ない、か。

「でも、確かにこの前二人で」
「隣の喫茶店で待ち合わせしてたの、俺見たよ」

 迂闊だった。
 とは、思わない。
 そう言われると、思ってた。
 本当に、予想を裏切らない瑠美と、その取り巻きたちに、頭が痛くなる。

 バンっと力強い音がして、入り口を見れば息を切らした晴樹さんが立っていた。

「部長、どうするんですか! 吉川さん、瑠美の企画書盗んで……」

 晴樹さんは、いつもの職場の雰囲気と違う。
 ピリリっとした空気に、早川さんも口を噤む。
 晴樹さんの後ろを歩いているのは、当真?

 何も言わないまま、険しい表情で、晴樹さんが自分のデスクに立つ。
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