親に搾取されてきたJKが、偏屈先生と出会って溺愛されるまで
 夢望先生に頭を撫でられたあの日以降、顔を合わせていません。
 単純な事です。締切です。
 夢望先生は、一刻と近付いてくる悪魔の靴音に怯えきって書斎に籠っていました。
 ご飯も食べている暇がないのか残しがちなので、ならばと簡単なお夜食を作って持っていくと、

「時間が無い時にするネットサーフィンは格別だなぁ」

 とおしまいの言葉が聞こえる事がよくありました。古風な見た目を好んでらっしゃる割には、今時の悩みで頭が埋め尽くされているようです。
 扉の前にお盆に乗せたおにぎりと味噌汁を起き、軽くノックをして「お夜食置いておきますね」と言い残して帰りました。
 なので声だけは聞いていたのですが、いざこうも会えない日が続くと寂しい、というか。
 もう薄れていた教室の広さが、お風呂に入っている時にチラつくようでした。

「お夜食置いておきますね」

 何度も何度も、返事の無い。

「お夜食置いておきますね」

 冷たい扉をノックする日々。

「お夜食置いておきますね」

 それはそれで悪くない、と思うのは……それは、扉の先に真剣な夢望先生がいるからでしょうか。
 私は馬鹿です。国語だって、難しい漢字は分からない。図書室だって自分からは赴きません。本が沢山ある場所は、私にとって理解し得ない苦痛に囲まれるだけの空間に過ぎなかったから。
 親が簡単に理解出来て、私にはどうしても無理だったもの。
 けれど、夢望先生に出会って、そして夢望先生が小説家だと知ってから見方が変わった所。
 人が大事な時間を費やして、作り上げた愛の結晶が詰まった宝石箱は……とても、キラキラと輝いて見えて。
 夢望先生の本は、特に美しく見えました。
 内容は難しいのに、読めば読むほど、考えれば考えるほど私の糧となる素晴らしさに私は夢中になったのです。
 それこそ借りるだけじゃ満足出来ず、こっそり貯め続けたお金をほんの少しだけ崩して買った夢望先生の本。
 一文字一文字が読者への想いが込められているような本が、この扉の先で生み出されているのなら。
 ただの下僕に、寂しいという権利はありませんでした。

「お夜食、置いて──え」

 だから大丈夫。

「胡桃くん、なんだか……久方ぶりだな」
< 16 / 24 >

この作品をシェア

pagetop