親に搾取されてきたJKが、偏屈先生と出会って溺愛されるまで
「夢を望む美しさと書いて夢望美(むぼうび)だ。ペンネームだが今これ以上を教える気は無い。さ、俺は名乗ったぞ。お前の名前は」
「加賀(かが)胡桃(くるみ)です」

 学校休み。進学をする人達は勉強漬けになるらしいけど、私は就職をするので関係ない話でした。普段ならその分バイトを入れたり、お父さんやお母さんのマッサージでもして過ごすのですが、今日は予定が入っていたので、久々にその日常から離れていました。
 目の前にいる男の人、夢望さんとの面談だったから。
 店長にオススメだと教えて貰った後、私は「とりあえず働くかどうかは会ってから決めると良い」と言われるがままに、面談の日取りを決めました。
 親にも相談しようと思ったのだけど、店長が止めるので、結局私は「バイト行ってきます」と、初めて嘘をついて家を出ました。
 あの背徳感、ドキドキ感!
 悪い事をしている気分です。
 お家を出て、駅のトイレで着古した服から唯一持っている大判柄のワンピースに着替え、鏡を何度も確認し、そうして言われた喫茶店まで向かいました。

「加賀くん……」

 そうして、待っていてくれたのは夢望先生でした。
 座っていても分かる背の高さ、切れ長の目が特徴的な整った顔付き、雰囲気に似合った無造作な髪型、街中では珍しい薄緑の着物。その全てが、高校の校外学習で行った美術館にあった大きな絵のように、浮世離れしたオーラを放っていました。
 漫画の中に出る陰陽師って言われても信じちゃうような、そんな感じ。
 まだ若そうとはいえ私とはまるで違う姿に、椅子に座る頃にはもうガチガチに緊張して、メニューで目に付いた大きなサイズの珈琲を頼んでいました。
 どうしよう、お洒落な喫茶店だけどお金足りるかな。

「加賀くんは学生だったか。履歴書はあるか」
「あ、下の名前の方が良いです」

 するりと、本音が。
 親の前にいる時でもこんなにオドオドした事は無いというぐらい震えていた手から目を離し、私は夢望先生の方を見つめていました。

「……下の名前?」

 嫌だな、と思ったから。
 夢望先生の低い、男らしい声で「加賀くん」なんて……お父さんやお母さんと同じ苗字で呼ばれるのは、嫌だ。
 普段「下の名前で呼んでください」と言うのは、もっと仲良くなってからにしています。それもバイトでお世話になっている店長ぐらいで、教室で誰とも話さず勉強している癖にテストの点数が悪い私に近付く人なんて、名前で呼んでもらいたい相手なんていません。
 なのに、私は今、自分でも分からない内に……夢望先生に、我儘を言いました。

「すみません、やっぱり」
「胡桃くん」
< 7 / 24 >

この作品をシェア

pagetop