【完結】結末のないモブキャラは仕方がないので自身の恋物語に終止符を打つことにしました
第14話 未来に抗うモブキャラ
一度自室へ戻ると、わたしはドレッサーの前に座り、引き出しを開いた。
鏡の向こうのわたしの顔はずいぶん疲弊しきった色を見せており、ひどいものだ。
青白い顔の娘が不安そうな表情でこちらを見ていた。
引き出しの奥から取り出した淡い朱色の紅を小指に乗せ、瞳を閉じる。
パチパチ……と顎から眉間にかけて小さな電流が走ったような刺激を感じ、暗いまぶたの向こうからでも小さな光が弾けて散ったことがわかった。
ゆっくり目を開くと、鏡の中にはわたしではない別人がそこにいた。
背中まで伸びた真っ直ぐで光沢のある黒髪と意志の強そうな同色の大きな瞳。
唇は桃色で、まつげも驚くほど長い。
愛理《あいり》だ。
「今日も、よろしくね」
手を添え、頬を緩めると愛理も笑う。
先程までの弱々しい表情の女の子はどこにもいない。
「よし!」
ドレッサーの脇に立てていた大きなケースを片手に、わたしは再び立ち上がる。
余計なことを考えないで済むからこれはこれでよかったのかもしれない。
久しぶりに過去のことを思い出し、胸の奥にひかかったような重いもやもやする気持ちの原因は、間違いなくあの幼なじみの存在にあった。
初恋に終止符を打つことに決めてから、わたしはテオから距離を置くように意識した。
最初は今までのような距離感ではとてもじゃないけど気持ちが変えられそうになかった。長年想い続けてきたのだ。そう簡単にはいかない。
差し伸べられるとすぐにその手を取ってしまい、笑いかけられると頬が緩み、心がときめいた。
心身ともにダメージを得て見た未来とその後の日々の出来事。
思い出すだけでぞっとする。
なぜわたしだったのだろうか。
本当にこれから先に起こる出来事なのだろうか。考える日もあった。
それでもあの体験ができたことは、きっと自分のためには良かったのだと思う。
引き返せなくなってからでは遅かったのだから。
そして、すべてを知っておく必要があったのだ。
わたしのためにも、わたしの大切な街のためにも。
とはいえ、何も知らないテオだけは、どれだけ距離を置こうが避けようが、あの頃と変わらない様子でわたしに接してきた。
わたしのあからさまな態度に気づいてほしかったけど、さすがはのちの勇者である。
懲りることなく幼なじみであることからは逃してくれなかった。
テオが普通に接してくれればくれるほど、わたしはとてもつらかった。
結局わたしが根負けして、今はあの頃ほどあからさまな態度に出ることはなくなった。
ほんの少しの魔力を使って感情をコントロールしてなんとか凌いでいる。
それでもどんどん勇者である彼の姿に近づいているのが日に日に感じられるほどテオは人間としても剣士としても目に見えて成長を続けていた。
愛理が読んだ限りの物語では勇者によるアイリーンの回想すらもなかったけど、テオはのちのちわたしとのこうした些細なやり取りも忘れてしまうのかしら。
想像しても虚しいだけだ。
勇者としてのテオはこれから、魅力あふれるヒロイン、美琴にどんどん心を惹かれていく。
過去なんて思い返している暇はないだろう。
正直なところ、もうこれ以上優しくしないでほしい。思い出だってほしくない。
あと一年後の春、彼は勇者としてこの街から姿を消していく。
わたしはそれをどんな心境で見送ればいいのかだなんて、考えたくもない。
しかも完全無敵なキャラクター、美琴とともに。
愛理の時は美琴というキャラクターにひどく夢中だったため、心のどこかでふたりの幸せを願う自分もいる。ずいぶん複雑なものだ。
「笑顔で見送りたいのよ」
思わず漏れた言葉は脳内で反すうした。
あと少しでわたしから離れていくくせに、これ以上わたしの中に入ってこないでほしかった。
鏡の向こうのわたしの顔はずいぶん疲弊しきった色を見せており、ひどいものだ。
青白い顔の娘が不安そうな表情でこちらを見ていた。
引き出しの奥から取り出した淡い朱色の紅を小指に乗せ、瞳を閉じる。
パチパチ……と顎から眉間にかけて小さな電流が走ったような刺激を感じ、暗いまぶたの向こうからでも小さな光が弾けて散ったことがわかった。
ゆっくり目を開くと、鏡の中にはわたしではない別人がそこにいた。
背中まで伸びた真っ直ぐで光沢のある黒髪と意志の強そうな同色の大きな瞳。
唇は桃色で、まつげも驚くほど長い。
愛理《あいり》だ。
「今日も、よろしくね」
手を添え、頬を緩めると愛理も笑う。
先程までの弱々しい表情の女の子はどこにもいない。
「よし!」
ドレッサーの脇に立てていた大きなケースを片手に、わたしは再び立ち上がる。
余計なことを考えないで済むからこれはこれでよかったのかもしれない。
久しぶりに過去のことを思い出し、胸の奥にひかかったような重いもやもやする気持ちの原因は、間違いなくあの幼なじみの存在にあった。
初恋に終止符を打つことに決めてから、わたしはテオから距離を置くように意識した。
最初は今までのような距離感ではとてもじゃないけど気持ちが変えられそうになかった。長年想い続けてきたのだ。そう簡単にはいかない。
差し伸べられるとすぐにその手を取ってしまい、笑いかけられると頬が緩み、心がときめいた。
心身ともにダメージを得て見た未来とその後の日々の出来事。
思い出すだけでぞっとする。
なぜわたしだったのだろうか。
本当にこれから先に起こる出来事なのだろうか。考える日もあった。
それでもあの体験ができたことは、きっと自分のためには良かったのだと思う。
引き返せなくなってからでは遅かったのだから。
そして、すべてを知っておく必要があったのだ。
わたしのためにも、わたしの大切な街のためにも。
とはいえ、何も知らないテオだけは、どれだけ距離を置こうが避けようが、あの頃と変わらない様子でわたしに接してきた。
わたしのあからさまな態度に気づいてほしかったけど、さすがはのちの勇者である。
懲りることなく幼なじみであることからは逃してくれなかった。
テオが普通に接してくれればくれるほど、わたしはとてもつらかった。
結局わたしが根負けして、今はあの頃ほどあからさまな態度に出ることはなくなった。
ほんの少しの魔力を使って感情をコントロールしてなんとか凌いでいる。
それでもどんどん勇者である彼の姿に近づいているのが日に日に感じられるほどテオは人間としても剣士としても目に見えて成長を続けていた。
愛理が読んだ限りの物語では勇者によるアイリーンの回想すらもなかったけど、テオはのちのちわたしとのこうした些細なやり取りも忘れてしまうのかしら。
想像しても虚しいだけだ。
勇者としてのテオはこれから、魅力あふれるヒロイン、美琴にどんどん心を惹かれていく。
過去なんて思い返している暇はないだろう。
正直なところ、もうこれ以上優しくしないでほしい。思い出だってほしくない。
あと一年後の春、彼は勇者としてこの街から姿を消していく。
わたしはそれをどんな心境で見送ればいいのかだなんて、考えたくもない。
しかも完全無敵なキャラクター、美琴とともに。
愛理の時は美琴というキャラクターにひどく夢中だったため、心のどこかでふたりの幸せを願う自分もいる。ずいぶん複雑なものだ。
「笑顔で見送りたいのよ」
思わず漏れた言葉は脳内で反すうした。
あと少しでわたしから離れていくくせに、これ以上わたしの中に入ってこないでほしかった。