拾った相手は冷徹非道と呼ばれている暴君でした
「ふぅ……ちょっと買いすぎたかしら……」
ウェンディおばさまに貰った野菜と、町で買った物たちを両手いっぱいに抱えながら、エレナは息を吐いた。
ウェンディおばさまや町の人達は皆、エレナが一人なことを知っていて普段からよく気にかけてくれる。
唯一返せることと言えば、母秘伝である手製の栄養ドリンクを時々差し入れるくらいで。
『いつもありがとう、エレナの作った物はよく疲れが取れるよ』『エレナのおかげで疲れにくくなったよ』と気を遣って言ってくれるのだと分かっていても、エレナはその言葉が嬉しくて繰り返し作ってしまう。
そして今日もまた、懲りずに材料を買ってしまった。
「夜は何を作ろうかしら。お肉と野菜たっぷりのシチュー?でももう少しさっぱりとした物でも…………あら?」
家の横にある木に誰かが凭れかかっているのに気が付き、エレナはパチりと瞬きをした。
この家は町から少し離れている所にあるため、普段は滅多に人が来ることはない。それなのになぜだろうと首を傾げる。
しかし、家へ近付けば近付くほど、どんどん強くなる鉄の臭いに、エレナは小さく息を呑む。
それから荷物をその場に置き、恐る恐る接近して――悲鳴をあげた。
「きゃあああ!死んでる……!」
黒いローブに染みるほど溢れ出ている血はまだ乾いていない。つまり、殺害されてからそれほど時間は経っていないということだ。
「こういう時どうしたらいいの!?そもそもなんで私の家の前で殺人が!?」
「う……っ」
「い、生きてた……!」
町へ行って人を呼ぶべきか、でも死体を置いていっても大丈夫なのか、混乱するエレナの耳に、小さな唸り声が届く。
死んでいると思っていた人が生きていた事実に、エレナは驚愕した。
「貴方大丈夫?動ける?」
「……」
「一旦家に――きゃあ!」
一先ず家に運ぼうと手を伸ばしただけなのに、何が起こったのか。ぐるんっと、視界が回って、次の瞬間には目の前の男に押し倒されていた。
「殺されたくなければ答えろ。何故ここが分かった。誰の指示だ」
「??」
何故と言われましても、ここが私の家です。そう答えたかったけど、ひんやりした何かが喉へと触れているせいで口が動かない。
赤く燃えるような緋色の瞳は今にも自分を殺しそうなほど、殺気を放っていた。
「さっさと答えろ」
喉に当てられた刃物が皮膚へと食い込む。ピリッと痛みがして、自分はこのまま殺されるのだとエレナは悟った。
「い……」
「い?」
「嫌ーっ!!」
「おい暴れるな――ぐッ」
こんな死に方なんて嫌だとエレナは力の限り抵抗する。まさか騒ぎ立てられるとは思わなかったのだろう。男は驚愕してエレナを押さえつけようとした、その時。
暴れるエレナの膝が目の前の腹部を突いて、男が苦痛に顔を歪めた。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
「……はぁ……はぁ……おまえ、」
「ああ良かった、息はありますね。危うく人殺しになる所でした。すぐお医者様を呼んで来ますので」
「……待て、医者は呼ぶな……」
「でもかなり血が流れてしまってますよ?」
「……いいから絶対呼ぶな。分かったらお前もさっさとどっか行け……邪魔だ」
「だからここは私の家なんですって!」
その声は既に届いていないのか、男は息も絶え絶えになりながら目を閉じる。エレナは小さく息を吐きながら今度こそ手を伸ばした。