拾った相手は冷徹非道と呼ばれている暴君でした

***



「エレナ腹減った」
「アル、近いからもう少し離れて……」
「毎日ベッドで一つになって寝てるくせに何を今更」
「言い方……!もう用事は終わったの?」
「ああ」

アルと暮らし始めて二週間が経った。
初めはどうなる事かと思ったアルとの暮らしは案外上手くいっている。

晩ご飯を作っているエレナの腰を片手で抱き締めながら、アルは肩に顎を乗せた。

「見て、今日は大きなベーコンをもらったのよ。美味しそうでしょ?」
「お前はいつも色々貰ってくるな」
「ええ、皆お母様が亡くなってから沢山気にかけてくれるの。いくら感謝してもしきれないわ。本当は栄養ドリンクなんかじゃなく、もっと良いものをお返しできたらいいのだけれど……」

残念ながらエレナにはそんなお金も力もない。落ち込むエレナへ、アルはぶっきらぼうに言い放った。

「お前が町の奴らを大切に思ってることは見てれば分かる。それにお前は困っている人がいたら必ず駆けつけるだろ。そういう所を知っているから、町の奴らもお前を助けたがるんじゃないか」
「アル……」

感極まって泣きそうになるエレナの頭を、アルはぐりぐりと撫で回す。あまりにもぎこちない動作にエレナは声を出して笑ってしまった。

「ふふ…っ、ふふふ……っ」
「何笑ってんだ」
「んふっ、だって嬉しくて……」

エレナはアルのことを何も知らない。
今まで住んでいた場所や年齢、家族や友人のこと。血塗れで倒れてた理由や、時々どこへ行って何をしているのかも。

聞いたらこの生活が終わってしまいそうで、アルが居なくなってしまいそうで、エレナはずっと何も聞けずにいた。

知らなくてもいい。何者でもいい。
ただもう少しだけ、側にいて欲しかった。




そんなことを願った日から数日。終わりは突然やってきた。

「アル…………?」

町へ出て家に戻ると、そこには誰も居なかった。最初はいつものように少し外へ出ているだけだと思っていたのに、何時間待ってもアルが戻って来ることはなく、気付いたら夜は深くなっていた。

どこへ行ってしまったのか、なぜ何も言わずに出ていったのか、怪我はしていないか。
エレナの頭に色々な疑問が過ぎた。

黎明の薄い光が射し込む頃、うとうとしていたエレナの耳へキィ……と静かにドアが開く音が聞こえる。勢いよく顔をあげれば、漆黒が目に映ってエレナは立ち上がった。

「アルどこ行ってたの?心配したのよ。どこか怪我とかは――」
「エレナ」

近付いてくるエレナへアルは腕を伸ばして、自分の方へと引き寄せた。その抱擁に、エレナはその時が来たのだと理解する。

「……行っちゃうの?」
「ああ」
「行かないで、アル」
「すまない」

最後まで何も教えてくれないことが寂しくて、だけどそういう所がアルらしくも思った。
血の匂いを漂わせるアルに、エレナはやっぱり何も問いかけはしなかった。

「貴方と過ごした数週間はとても楽しかったわ」
「ああ俺もだ。こんなに穏やかで幸福な日々を過ごしたのは生まれて初めてだった」

エレナは涙が溢れそうになったのをグッと堪えて、無理やり口角をあげる。そして、小さな鞄を手渡した。

「これ、持っていって。薬草とか薬が入ってるから。本当に必要な時は好き嫌いしないでちゃんと飲むのよ」

この家にいる間、ついにアルが薬へ手をつけることはなかったけれど。
子供に言い聞かせるように諌めるエレナに、アルは苦笑いながら鞄を受け取った。

「ありがとう。行ってくる」

そう言って闇の中に消えていくアルの後ろ姿を、エレナは静かに見送った。
それがアルと会った最後だった。





それから暫くして。
私生児である第三皇子が親兄弟をも殺して、玉座についたと大々的に発表された。

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