恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
「やだぁ、アメリ、可愛い~。ね、その気になったらわたしの相手もしてよ」
「おいおい、そんなことロランに聞かれでもしたら……」
「聞いているが?」

 ロランの顔が怖くって、アメリだけがびくっと体を震わせた。
 まるで魔物に対峙しているような表情だ。それなのにマーサはケラケラと笑って手をひらひらさせた。

「なによぅ、冗談に決まってんじゃん」
「冗談でも次に同じようなことを言ったらただじゃ置かないからな」
「やだぁ、ロランこわぁい」

 まったく怖がっていないそぶりで、マーサはフランツに抱きついた。
 そんなマーサを抱き留めて、フランツもぶふっと笑いをもらす。

「あら、みなさん朝からずいぶんと楽しそうですね」
「あ、おはようサラ。聞いて、ロランってばね……」
「も、もうマーサさん! これ以上ロランを刺激しないでください!」
「え? なにさ? そんなおもしろい話、僕にも聞かせてほしいんだけど?」
「ヴィルジールさんも蒸し返さないで……!」

 不機嫌続行中のロランの背を押して、慌ててアメリは出発を促した。

 ゆるやかな勾配の街道を行く。
 今日は魔物に出くわさなくて、平和な時間が過ぎている。
 脇の茂みガサっと揺れて、そこからもふもふの兎が顔をのぞかせていた。

「あ、可愛い!」

 愛くるしい瞳にきゅんとなる。もっとそばで見てみたくて、アメリは思わず近づこうとした。
 しかしよく見ると兎のおでこに角が一本生えている。はっとなってその足を止めた。

「ロラン、もしかしてあれ……」
「ああ、あれも魔物の一種だ。普段はおとなしいが、卵を抱く期間は凶暴化する。可愛いからといって迂闊に近づくなよ」
「やっぱり……」

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