恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
 茶をすすりながらフランツもうんうんと頷いている。

「だが、魔王討伐の旅ってことを忘れてしまいそうだな」
「ま、たまにはいいんじゃない?」
「ああ、今日はゆっくり行くか」

 のどかな風が吹き抜けて、ロランはアメリの膝に頭を預けてごろっとなった。
 それを皮切りに、ほかのメンバーも思い思いに距離を取る。

「いい天気だ」

 そう言いながらも、ロランは空など見ていなかった。
 まぶしそうにアメリを見上げ、風に遊ぶアメリの髪を指にからめ取っている。

「綺麗だな」

 何が、とは言われなかったが、アメリはそれだけで赤面してしまった。あれ以来、遠慮のないロランの態度にどうしたらいいのかが分からない。
 いつかロランが離れて行ってしまったら。
 そう思うと、急に悲しくなってきてしまった。泣くような場面ではないのに、アメリの瞳に制御不能の涙が溢れ出る。

「どうしたんだ?」

 跳ね起きたロランが、心配そうにのぞき込んでくる。
 唇を震わせて、アメリはただ首を振った。

「ごめんなさい……わたしがこんなにしあわせでいいのかって、急に不安になってしまって……」
「そんなに俺が信じられないか?」
「ロランのことは信じています。でも……」
「でも?」
「今はわたしのこと好きでいてくれたとしても、この先もずっとそうかは分からないから……」

 あのやさしかった父親のように。
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