恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
「いいわ。だったらアメリ、あなたがひとりで片づけをなさい。朝までに誰の手も借りずに終わらせられたら、この女たちに今日の分の給金を支払ってあげるわ」
「分かった。その代わり絶対よ?」

 確約を取り付けて、女たちにはとりあえず帰ってもらうことにした。

「さてと……」

 久しぶりに使い慣れた台所に立つ。アメリがいなくなってから、ほとんど手入れもされていないようだ。
 まずは洗い物に手を掛けていく。
 これはとっておきのグラス。これはアメリのお気に入りだった皿。この木製のサラダボウルは使い勝手がよく食卓の定番だった。
 ひとつひとつに懐かしさを覚えていると、ふいにロランが顔をのぞかせた。

「探したぞ、アメリ。こんなところで何をやっているんだ?」
「見ての通り洗い物ですけど?」
「それは見れば分かるが……」

 ロランの言いたいことは分かったが、継母とのいざこざに巻き込むのも気が引ける。
 アメリは努めて明るい声を出した。

「すぐ終わるんで、ロランは向こうでゆっくりしててください」
「……継母たちにきつく当たられたんじゃないのか?」
「あの人たちはいつもあんな感じなので。わたし、あんまり気にしてません」
「しかし……」
「前にも話しましたけど……あの人たちがこの家に来てくれたおかげで、父は見違えるように元気になりました。あの人たちにはすごく感謝しているんです。だから……」

 恨んではいないだと。アメリは静かな瞳で皿を洗い続ける。
 思いが伝わったのか、ロランはアメリの頭にやさしく口づけを落としてきた。

「分かった、俺はもう何も言わない。だが洗い物はまた別の話じゃないのか?」
「これは好きでやってるんで。大丈夫です、ここはたくさん思い出のある場所だから……」

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