恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
 そのあとも他愛もない会話が続いた。
 生まれ育った家でこうしてロランと話をしていると、やはり不思議な気分になってくる。

「それにしてもこの土地は思ったより開けた場所なんだな。村と聞いていたからもっと小さなところだと思っていたんだが」
「はい、父がいろいろと事業を手掛けてたらしくて、それで村の規模も大きくなったみたいなんです。仕事のことはあまり教えてもらえなかったんですけど……自慢の父でした」
「そうか……」

 そのときベリンダがロラン目がけて抱き着いてきた。
 ほろ酔い加減で色っぽくしなだれかかってくる。

「ろらぁん、こんなとこにいたぁ。もっとあっちで楽しく飲みましょう?」

 アメリなどそこにいないかのように、舌足らずに甘えた声を出す。
 迷惑そうなロランを見て、アメリは内心ほっと息をついた。
 誠実なロランがベリンダには靡くことはないだろう。彼だけは信じられると、アメリは口元に知らず笑みを浮かべていた。

「遠慮せず行ってきてください。わたしもすぐ終わらせますから」
「ああ、分かった」

 ベリンダは昔から甘え上手だ。いつも思うが、逆立ちしても到底アメリには真似できそうにない。
 ひとりきりになった台所で、アメリはかちゃかちゃと丁寧に食器を洗い続けた。
 以前と変わらない空気に包まれて、忘れかけていた思いもすべて、湧き上がるようにこの胸に蘇ってくる。

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