恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
「怪我はしてないんだな?」

 びくともしない腕の中、こくこくと何度も頷き返す。
 そこでロランはようやくアメリを下に降ろした。

「じゃ、そういうわけでっ」

 人ごみに埋もれてしまおうと、アメリはロランから離れようとした。
 そこを引き留めるように、がっちり手首を掴まれる。

「どこに行くんだ」
「ここじゃないどこかに決まってるじゃないですかっ」

 とにかくロランから離れたかった。
 先ほどから、ロランファンに怨嗟の念を送られているように思えてならない。
 振り切ろうとした手を逆にロランに引っ張られ、ぽすりと厚い胸板に飛び込んだ。
 嫉妬交じりの嬌声が広がる中、そのまま手を引いてロランは進み出す。

「あの、勇者、どこへ……」
「人だかりを抜けるところまで連れていく」
「でも……」

 抵抗するように足を突っ張ると、ロランはムッとした様子で振り向いた。

「今日の主役は聖剣の乙女、君なんだ。また迷子になるつもりか? これ以上困らせないでくれ」
「ごめ……なさい……」

 アメリの小さな謝罪の声は、聴衆のざわめきに掻き消される。
 不機嫌に歩き出したロランと手をつないだまま、アメリは俯き加減でついて行った。
 歩幅の広いロランに追いつけなくて、途中で小さくつんのめる。

「ごめんなさいっ」
「いや、俺が歩くのが早すぎた。すまない」

 ぶっきら棒に言うと、ロランはアメリの横に並んだ。
 ぎゅっと握られた手が熱い。

 冷たい態度とは裏腹に、そこからロランはアメリに合わせてゆっくりと歩いてくれた。
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