恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
 姿見の前に立たされて、アメリは驚きに目を見開いた。
 そこには着飾った見知らぬ女が映っていた。大きな瞳にバサバサの長いまつげ、ふっくらした唇は瑞々しい果実のようだ。

「誰……?」
「聖剣の乙女様はまさに宝石の原石でございました。素晴らしい仕事ができ、わたしどももうれしく思います」

 誇らしげに言われるも、これが自分である実感はない。
 まじまじと鏡を覗き込むアメリを見て、女官たちもご満悦の様子だ。

「さ、勇者様方もお待ちです。急いで向かいましょう」
「え、ちょっと待って!」

 手を引かれたところでアメリは大変なことに気がついた。
 化粧の凄さにばかり驚いていたが、着せられた服がとんでもなく派手過ぎる。

「この格好はあまりにも……別の服はないんですか?」
「それ以外に衣装はございません。そちらが聖剣の乙女様の正装となっております」
「これが正装……?」

 着せられたドレスは体のラインがはっきり分かるぴったりとしたデザインだ。
 スカートの脇のスリットが深すぎて、歩くたびに太ももまでが見え隠れする。
 極めつけは胸元だ。開き過ぎの襟ぐりから、胸の谷間が丸見えになっている。
 普段はダボっとした服で隠しているアメリの胸を、これでもかと言うほど強調しているドレスだった。

「だったら、せめてマントとか、何か上に羽織るものを」
「できかねます。謁見時の決まり事となっておりますから、どうぞお諦めください」
「そんな……」

 胸元を隠すように自分自身を抱きしめる。
 こんな露出狂のような格好で王様に会いに行くなど、正気の沙汰とは思えなかった。

「恥ずかしがることはございませんよ。とてもお似合いです、聖剣の乙女様」
「そういう問題じゃ……」
「とにかく急いで参りましょう。聖剣の乙女様のそのお姿を見て、勇者様もきっとおよろこびになられますよ」

 微笑ましそうに女官たちが頷き合う。

「そんなことありっこないです!」
「ふふふ、聖剣の乙女様は恥ずかしがりでいらっしゃいますこと」

 まったく取り合ってもらえないまま、アメリは勇者たちの元へと連れていかれた。
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