恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
 面倒で、着衣のまま女たちを抱く癖がついていた。
 そのうち相手にするのすら煩わしく思えてきて、ロランは次第に彼女らを遠ざけるようになっていった。
 今では真面目な勇者の看板が立っているロランだ。途切れることのないアプローチも、それを理由に躱すことができるようになっている。

 ロランは腕を持ち上げまじまじと肌を見た。子供のころからずっとそこにあった傷は、今はもう影も形もなく癒えている。

「アメリ……」

 彼女に触れただけで、すべての傷が一瞬で治ってしまった。
 あの瞬間、アメリはロランの特別になった。
 だからこそ、ロランはアメリにどう触れたらいいのかが分からない。

 アメリは義務でロランの乙女になった。彼女の心は決してロランのものではない。
 自ら近寄ってくる女たちのように、好き勝手に抱けるはずもなかった。
 ただロランにはひとつだけ、アメリに触れる手段がある。

 戦闘で魔物から傷を負うだけでいい。そうすれば怪我を癒す名目で、大腕を振って彼女に触れてしまえるのだから。
 だがそうするのは、ロランのプライドが許さなかった。
 極力怪我をしないとアメリに誓ったのも、彼女の怯える顔を見てしまったからだ。

 乙女の義務だと押し切れば、嫌々でもアメリは頷くかもしれない。
 しかしそれでどうなると言うのか。ロランの傷が塞がったとしても、アメリの心の傷が開いていくのがせいぜいだ。

 明日からまた魔王討伐の旅が始まる。
 一瞬の気のゆるみで、大怪我を負ってしまう危険な旅路だ。しっかり休んでおかないと、魔物との戦闘に支障が出てしまう。

 無理やり閉じたまぶたの裏に、今日のアメリの姿が浮かんだ。
 夢の中、羞恥に潤む瞳が見つめてきても、ロランはアメリに一切触れることができなかった。

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