恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
 なんてことはないように、ロランは再び剣を磨き始めた。

「あの、勇者。ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「聖剣って、初めから出しとくことはできないんですか? 魔物が襲ってきてからだと間に合わないこともあるかもだし……」

 余裕のある時に出しておけば、アメリだって怖い思いをしないで済む。
 戦闘の邪魔にもならないし、なんなら安全な場所で留守番だってできるはずだ。

「魔物の殺意が一定時間感じられないと、聖剣は自動的に乙女の体に戻ってしまうんだ。出したところでまた儀式を行う羽目になる」
「そうなんですね」

 ちょっと落胆している自分に気づく。
 今ここでロランとキスできることを、アメリは期待していたのかもしれなかった。

「ほかに聞きたいことはないか?」
「特には……あ、いえ、あの」
「なんだ? 遠慮せずに言ってくれ」
「はい、その……勇者、最近怪我大丈夫かなって……」
「ああ、心配するな。君に迷惑をかけないよう心掛けている」

 そういう意味で聞いたわけではなかったが、再び落ち込んだ心に、透けて見えてきたのはアメリの本心だった。
 これではまるでロランが怪我をするのを待っているかのようだ。
 あれ以来アメリは、毎晩のようにもぐりこんだベッドでひとりロランの指の感覚を夢想していた。
 ロランは好きでアメリに触れたわけではないのに、そんな自分が気持ち悪くも思えてきてしまう。

 物憂げにため息をつく。
 その横顔をロランが熱い視線で見つめていたことを、そのときアメリは気がつかなかった。
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