恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
「それにしても、今日の料理は美味しかったです。しかも急なことだったのに、短時間で何品も作れるなんて」
「まぁ慣れているので大したことでは」
「あ……アメリさん、ご実家でお辛い目にあってたんでしたね……」

 すまなそうに言ったサラに、アメリは静かに首を振った。
 父親が亡くなったあと、確かにアメリは継母と義姉に小間使い同様こき使われていた。
 だがそれも自分が望んでやっていたことだった。

「本当は強要されていたわけじゃないんです。だらしがない人たちだったから、父の残した家が荒れていくのを黙って見ていられなくて」

 片田舎ではあったが、アメリの父親は代々の家を継ぐ土地持ちの指導者的立場の人間だった。
 使用人が何人もいるような家で、アメリはいわゆるいいところのお嬢さんとして育てられた。
 だが父親が亡くなったあとも継母たちは贅沢な暮らしが忘れられず、結果家計が立ち行かなくなり使用人がどんどん解雇される事態に陥ってしまった。

「それでアメリさんが家のことを率先してやられていたのですね……」
「はい、家事も洗濯も慣れればなんてことはありませんでした。あの家は両親の思い出が残る大事な場所でしたから」

 しかし大切な母親の形見の宝石を黙って売られてしまったときには、とうとうアメリの心も折れてしまった。
 そんなときにひょっこり現れたのが、勇者一行の黒魔導士を名乗るヴィルジールだった。

 始めは怪しさしかなかったが、あの家を出てしまえるならとアメリは意を決してロランに会いに来たのだ。
 例え聖剣の乙女の話が嘘だったとしても、これ以上あの家にい続けるのはアメリには耐えられなかった。
 だから今こうしてここにいることに、アメリ自身は何も不満を感じていない。

「あ、すみません。こんな話を聞かせてしまって。もう終わるのでサラさんは先に部屋に戻ってください」
「でもあと少しですし……」

 言いかけて、サラはなぜかふふっと笑った。

「そうですね。ここはお任せして、わたしは先に休ませてもらいます」

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