恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
 ひとり残された厨房で、アメリは手際よく作業を進めた。
 洗った皿を拭き、綺麗に整えられた様を満足げに見やる。
 今日は思う存分みんなの役に立てた。ここにいてもいい理由が見つかった気がして、疲れを感じつつもアメリの心はいつになく満たされていた。

「やっと終わったのか?」
「ゆ、勇者!?」

 暗がりの食堂にロランが座っている。
 いつからいたのだろうか。
 そう思ったが、先ほどサラがすぐに部屋に戻ったのは、ロランがここにいることが分かったからなのだろう。

「遅くまでやらせてしまって悪かった」
「いえ、このくらいなんてことはないです」

 普段は役立たずのアメリだ。
 たまには誰よりも働かなくては申し訳が立たなかった。

「もう終わったので大丈夫です。勇者も早く部屋で休んでください」
「戻る前にあれを頼みたいんだが……」

 近づいてきたロランが、誰もいない厨房の壁にアメリを追い詰める。
 壁についた腕に囲いこまれて、逃げ場を失くしたアメリは戸惑い気味にロランを見上げた。

「勇者……?」
「ここだ」

 目の前に掲げられた手の甲に、みみず腫れのようなひっかき傷があった。

「もしかしてこれ……」
「ああ、昼に魔物にな。大したことはないんだが、この前のこともある。念のために早め癒したい」

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