恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
 粘液が付着した部分の布が薄くなって、肌が透けて見えてきていた。
 なんだか濡れた頬もぴりぴりする。
 自分が置かれた状況を把握して、アメリは一気に青ざめた。

「……わたし魔物に食べられちゃったんだ」

 このままじわじわ溶かされて、魔物の栄養分にされてしまうのだろうか。
 ゾッとして、アメリは必死に壁を叩きつけた。

「誰か! わたしはここです……! だれか、きゃあぁっ」

 振動でボタボタボタっと粘液が次から次に垂れてくる。
 半ばパニックになっていると、伸びてきた触手が体に巻き付いてきた。
 全身べとべとの状態で、がんじがらめにされたアメリは身動きひとつ取れなくなってしまった。

「うそ……わたし、本当にここで死んじゃうの?」

 魔王討伐の旅に出ると決めたとき、命を落とす覚悟はしていた。
 しかしここまであっさりその時が来てしまうとは。
 やはり自分のように何の才能もない人間が、勇者の仲間になったのは初めから間違いだったのだ。
 絶望に打ちひしがれる中、無為に過ごしてきた日々が浮かんでは消えていく。

 何もなかった人生だ。何を成し遂げることも、何を残すこともないまま終わりを告げるなど、なんと役立たずのアメリらしいではないか。
 高すぎる湿度に息苦しくなってくる。意識もぼんやりとしてきて、アメリは投げやりになった心でまぶたを閉じた。

「勇者、ごめんなさい……」

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