恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
 死んだアメリを思って、ロランは少しでも悲しんでくれるだろうか。
 まどろみに落ちそうな中そんなことを考えていると、苦痛に歪むロランの顔が思い浮かんだ。

「わたしが死んだら勇者はどうなっちゃうの……?」

 アメリがいなければ、ロランは聖剣で戦えない。
 それに魔物に怪我を負わされたが最後、癒すことのできない傷を抱え、ロランは生涯苦痛に苛まれ続けるのだ。

「そんなの駄目……」

 常に膿む傷。血のにじんだ包帯。熱を持ち、腫れあがった腕。
 次々と痛々しい記憶が蘇った。
 そして最後に、傷を癒やし終えたロランが、アメリへとほっとした笑顔を向けてくる。

「いやだ、死にたくない……」

 じわりと涙がにじむ。
 初めて死ぬのが怖いと思った。
 あふれる涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、アメリは力の限り叫んでいた。

「いやぁっ、わたし死にたくない! 死にたくないのっ、誰か助けて! お願い、勇者、ゆうしゃ、ゆうしゃあ……!」

 身をよじるほどに粘液が落ちてくる。
 そのときアメリの鼻先の壁に、ザクっと鋭利な刃物が頭を出した。

「聖剣の乙女、そこにいるのか……?」
「ゆう……しゃ?」
「今助ける!」

 ぐりぐりと刃先が揺れて、押し込まれながら穴を縦に広げていく。
 やがて差し込まれた指に力が入り、ぐぐぐ、と左右に壁がゆっくりと開いていった。

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