恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。
「とにかくアメリさんには今から食事をとってもらいます。ロランに会いに行くのはそれからです」
「そーね。そんな寝起きのブサイクづらで、好きなオトコに会いにいくもんじゃないわ」

 ふたりが勝手に話をまとめにかかる。
 しかしロランに会いに行くにはサラの言うことに従うしかないようだ。アメリはおとなしく食べ物を胃に詰め込んだ。


 マーサに言われた言葉がさっきから頭を離れない。

「そんなことない。勘違いして痛い目なんかみたくないもの」

 言い聞かせるような呟きは、反響して湯気の中弱々しく消えていく。
 自分の“ほんとの気持ち”が良く分からないまま、アメリはロランの部屋の扉を叩いた。

「食べ終わったら少し湯につかりましょうね」
「でもそんな贅沢……さっき浄化魔法だってかけてもらいましたし」
「遠慮しないでください。魔法を使えばすぐに用意できますから」
「サラの言う通りよ。ロランを癒すためにも、バッチリ身をほぐしとかないと」

 マーサのウィンクに茶化されて、アメリは仕方なくバスタブに身を沈めた。

「はぁー気持ちいい」

 浮力に身を任せると、全身から疲れが溶け出していく。
 湯を使うのは庶民にとって贅沢なことだ。それが魔法ひとつでこんなにも簡単に入れてしまう。

「やっぱりサラさんたちは、わたしなんかとは違う人種なんだ……」

 やさしくしてもらっているからと言って、思い上がっては絶対に駄目だ。
 自分を戒めるために心の中で強く思った。
 これからアメリはロランを癒しに行く。
 アメリを気遣って、きっとロランは今日もやさしく触れてくれるのだろう。

 ――好きなんでしょ? ロランのこと
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