この契約結婚は依頼につき〜依頼された悪役令嬢なのに何故か潔癖公爵様に溺愛されています!〜

1.契約結婚

「いいか、お前との結婚はあくまでも契約だ。公爵夫人になれるなどと露にも思わぬことだな」

 若くしてローレン公爵家の家督を継いだフレディは、目の前のアリアに向かって言い放った。

「当然ですわ。お金さえいただけるなら喜んでこの契約結婚を受け入れますとも」

 アリアはアップルグリーンのその瞳を喜々とさせ答えた。

「……普通離婚されるとわかっていて受けないものだがな。流石は悪役令嬢といったところか?」

 フレディは冷たい視線をアリアに向けて乾いた笑みを浮かべた。

「お褒めに預かり光栄ですわ。離婚されれば、わたくしは自由ですもの。お金もいただけてこんな美味しい話、誰が断りましょう?」

 フレディの冷たい視線を物ともせず、アリアはカラカラと笑ってみせた。

「はっ、流石男を取っ替え引っ掛えしてきた女だ。離婚すれば、また遊びたい放題だもんな? だが、俺との結婚期間の間は控えてもらうからな?」
「ええ。その代わり、フレディ様が楽しませてくださるのかしら?」

 フレディの嫌味をさらりとかわしたアリアに、彼の眼光が鋭く光る。

「この、女狐めが」
「あらやだ、冗談ですわ」

 女のくせにはしたない、と言わんばかりのフレディの睨みに、アリアはあっけらかんと答えた。

「いいか、俺はお前を愛することはない! 他の男たちと同じだと思うなよ?!」
「あら、残念」

 罵倒するフレディに、アリアは妖しくもにっこりと笑ってみせた。

 そんなアリアにまともに話をするのが馬鹿らしくなったのか、フレディは一つ息を吐くと、テーブルの上に契約書を置いた。

「これにサインを」

 アリアは契約書に一通り目を通すと、燃えるような赤いストレートの髪を耳にかけ、サインするために身体を屈ませた。

「どうぞ」

 サラサラとサインを記した契約書をアリアはフレディに手渡そうとする。

「――っ!」

 二人の手が触れそうになった所で、アリアはフレディに手を払われてしまった。

 ギロリとこちらを睨むフレディに、アリアは気に留めず微笑んだ。

「失礼しました。女嫌いで潔癖、というのはお噂通りですね?」

 アリアを払ったフレディの手にちらりと視線を流し、微笑する。

 彼の手には手袋がはめられている。それでも、アリアに触られるのは嫌だったらしい。

「ふん、そうじゃなきゃ、誰がお前みたいな打算的な女と契約結婚なんか……」

 フレディは侮蔑の表情でアリアを見やり、触れそうになった手を、手袋をハンカチで拭き取った。

「だからこの屋敷の使用人も少ない。楽できると思うなよ? 最低限のことは自分でやってもらうからな」
「……この秘密の契約結婚を漏らさないためにも人は少ないほうが好都合ですわね」
「…………」

 フレディの冷たい物言いにも動じないアリアに、流石のフレディも言葉が出て来なくなる。

(もっと面倒くさく、わめくと思ったのに……。何で俺に都合よく聞き分けが良いんだ?)

 物語に出て来る「悪役令嬢」そのものだと名高いアリアとの契約結婚は、自らが望んだもの。義兄である宰相に取り計らってもらった。義兄からは「彼女は有能な悪役令嬢だから安心すると良い」と言われていた。

 アリアの悪い噂を知っていたフレディは、どういう意味かと首を捻ったが、煩わしいこれからの社交シーズンを考えると、契約結婚という方法に出るしかなかった。

 なぜ男好きで有名なアリアがフレディとの契約結婚を受けたのか疑問もあったが、女嫌いで有名な自分をアリアなら籠絡出来る自信があるんだろう、とフレディは心の中でアリアを軽蔑してこの日を迎えた。

 そして、アリアと話してみて、悪役令嬢らしい返答が返って来て、「やはり噂通りの女だ」と思ったものの、引くところは引く。その違和感は覚えつつも、「また男と遊んで暮らす金が欲しいだけだろう」とフレディは自分を納得させた。「お前を愛することはない」と言い放ったのに、妖しく笑う目の前の女は自信があるようにも見えた。

「いいか、俺はお前を絶対に愛さないからな」
「まるで惹かれそうな自分に言い聞かせているかのようですわね」
「――――っ!」

 アリアに分からせるために繰り返した言葉だったが、逆に誂われてしまった。

 妖艶に微笑むアリアは悪女そのもの。それなのに。胸がざわつくのは、そのアップルグリーンの瞳のせいだろうか。

 フレディはソファーから立ち上がると、アリアを残し、応接室を出た。

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