この契約結婚は依頼につき〜依頼された悪役令嬢なのに何故か潔癖公爵様に溺愛されています!〜
「今は……アリア・ローレンですわ……」

 震える身体を自身で抱き締めながらアリアは立ち上がった。

 目の前の男は身なりから貴族の子息で、歳も近そうだ。「久しぶり」というからには顔見知りのはず。

「……?」

 どんな些細なすれ違いだとしても、アリアは一度見ればその人物を覚えている。なのに記憶に無い。

「記憶が無いっていうのは本当みたいだな。まあ、おかげで俺は牢屋に入らずに済んだが、ローズ様に会えなくなったんだ……」

 仄暗い瞳を向けてそう言った男に、アリアはハッとなる。ライアンから聞いたばかりの話と、目の前の男の話が結びついたからだ。

「あなたが、私を……」

 ぎゅっと胸の前でドレスを握りしめてアリアは目の前の男に問おうとすると。

「おっと……妙な動きはするなよ? 俺たちは、ただ会話をしているだけだ」
「!」

 男はアリアとの距離を一歩縮めると、お互いの身体の間にナイフをちらつかせた。

「ここは魔法省の真下で目立つからなあ。三年前はそれですぐに衛兵に捕まってしまった」

 ひそひそとアリアの耳元で話す男に、アリアは身震いをする。

「一緒に、来てくれるな?」

 ガシッと腕を掴まれ、ナイフをお腹辺りに突き付けられる。

 気持ち悪さと恐怖でアリアからは汗がダラダラと流れた。

(フレディ……様……)

 もらったネックレスの小瓶をぎゅう、と握りしめてアリアは目をつぶった。

 悪役令嬢として任務を受けていた時、色んな貴族令息たちと触れ合うくらいのことはあった。あの時は何とも思っていなかったのに、今は気持ち悪くてたまらない。

(私はきっともう、悪役令嬢なんて出来ないわ)

 あんなに誇らしく、生き甲斐だった悪役令嬢の仕事。今は、ただフレディを想う一人の女にすぎないことをアリアは自覚する。

「おい、歩け。妙な真似をしたら殺す」

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