冷酷社長が政略妻に注ぐ執愛は世界で一番重くて甘い
 『全部……』

 玲志は香蓮によほど聞かれたくなかったのか、目を細め苦々しい表情をしている。

 『好きな人がいるのも、海外に行くっていうのも……本当に?』

 好きな人に関して聞くのはためらわれた彼女だったが、胸の苦しさから言葉が衝いて出る。

 玲志はじっと彼女の瞳を見つめ黙っていたが、ついに唇を開いた。

 『うん、そう。ずっと好きな子がいる、自分より大切な子だ』

 『玲志くん……』

 玲志の熱い瞳に心が震え、涙がこみ上げる。

 彼が好きな人を想う表情はあまりに切なく、胸が切り裂かれる思いだ。

 すると玲志は一度伸ばしかけた手を、そっと机に置いた。

 『それに海外に行く予定なのも本当。アメリカで水泳を続けようと思ってる』

 『えっ?』

 中、高と水泳の全国選抜選手に選ばれ好成績を残していた玲志だったが、大学で経営学に専念するため高校三年生になってきっぱりと辞めていたと思っていた。

 しかし数カ月前、海外の名コーチからオリンピック選手を目指さないかと声がかかったのだという。

 悩みに悩んで、幼き頃抱いた夢を追いかける決断をしたのだと……。

 『俺の夢でもあるけど、親父の夢でもあるから』

 『……うん。そうだよね』

 香蓮は過去に玲志の父親が、彼が水泳の大会で好成績を残した際に嬉しそうに話していたことを思い出す。

 それに又聞きでしかないが、玲志が水泳を始めたのはまだ三歳のころで、もともと水泳選手だった母親がきっかけだったことも知っていた。

 きっと天国にいる彼女も、彼の決断を喜んでいるだろう。

 彼が自分のもとからいなくなってしまうことに悲しくて仕方ないが、家族の夢を背負った玲志を受け止めるしかない。

 すると再び、ふたりの視線が絡んだ。

 『叶うか分からないけど、やれるとこまでやってみようと思う。だから、香蓮。日本から応援していてくれるか?』
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