冷酷社長が政略妻に注ぐ執愛は世界で一番重くて甘い
虚像



 「くそ……」

 玲志は自室に戻りベッドに腰を下ろすと、震える右手をぎゅっと握りしめた。

 頭の中では自分に組み敷かれた香蓮の艶やかな表情が浮かんでいる。

 (なぜ冷静になれない。香蓮なんてどうでもいいはずなのに)

 長い年月、父親と自分を苦しめた飛鳥馬一族を憎んでいた。

 彼女への恋心は、父親の死とともに完全に消え失せたとばかり思っていたのだ。

 (香蓮を一生冷遇し、仮初の妻にさえすれば、彼女の女としての幸せを奪えるはずだと……)

 それが玲志の考える、香蓮への復讐。

 だが彼女が悲しむ顔を見て自分も傷つき、肌に触れた感触を思い出しては心が乱されている。

 同居を始めて一か月。

 香蓮がSKMの社長の妻としてあらゆる努力を続けていたのも当然気づいていたし、

 身なりに気を遣い始め、日々美しい変貌を遂げているのも知っていた。

 だからといって憎しみが消えるわけでもないので、厳しく接した。

 飛鳥馬が日向家に罪を擦り付け巨額の借金を背負わせて社会的な抹殺をしようとし、

 自分と家族の夢を潰した事実は変わらない。

 特に自分が死を選ぼうとしていた最中、飛鳥馬家が豪遊生活をしていると聞いたときの絶望感は忘れられないのだ。

 香蓮がこの十年どんな生活をしてきたのか知る由もないが、父親が経営する会社の重役ポストに就き、

 実家に未だに住み続けているところを見ると、どっぷりASUMAに漬かっているのは安易に想像できた。

 (でもなぜ、彼女は昔と変わらずあんなにも清らかなんだ?)
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