謎めいたおじさまの溺愛は、刺激が強すぎます
「お待たせいたしました。日替わりパスタ。ポロネーゼのBセットです」

 店員が注文した食事を運んでくるまで、どれくらい時間が経っていたのかわからない。 

「お客さま?」
 
「え、あ、はい」

 放心状態から我に返り、慌てて返事をした。

「ご注文は以上でよろしかったですか? お食事が終わったらお声掛けください。ドリンクを持ってまいります」

「あ、はい」

 伝票の紙を、机の上のプラスチックの筒に差し、怪訝な顔をしながら店員が立ち去った。

 正直、すっかり食欲は失せていた。

 頭の中では、なぜ、どうして? 急に…好きな人って誰? そんな言葉が取り止めなく頭を回っている。

 思い当たるのは、三ヶ月前の佐藤家のお通夜での彼との会話。電話の向こうで、鼻にかかった甘え声が聞こえてきた。
 
 小林綺羅らしき女性の声。

 あの後、結局私は父に文句言われながら、告別式の参列を辞退して、朝早く一人でタクシーと電車を乗り継いで翌日出社した。

 出社した私を見て、彼は「すまない」のひと言もなかった。
 
「あの、昨夜って…どこに」
「関係ないだろ」

 尋ねようとすると、素っ気なくひと言で切り捨てられた。

「柳瀬さん、これ、手紙です」

 小林綺羅は、はっきり言ってコネ入社だ。父親が建築会社の重役で、そこの取引先がうちのクライアントだった。
 お嬢様学校の女子大を卒業し、結婚するまでの腰掛けで、受付をしている。
 電話で相手の名前を間違えるし、伝言は忘れる。おまけに残業は絶対NGで、仕事中も頻繁にトイレに行って化粧を直し、携帯ばかり触り、若い男性の客にはあからさまに媚を売る。

「あ、ありがとう」

 電話越しの声は、彼女の声に似ていた気がする。
 でも、彼女は私以外の男性には分け隔てなく甘い声を出すので、彼と特別な関係にあるのか、確証が得られなかった。

 そして、週に一度のデートを彼と続けて、それなりにうまく行っていると思っていたのに。
 
 運ばれてきたパスタを、とても食べる気になれなくて、フォークでクルクルしながら、「どういうこと? 会って話したい」というメッセージを送るかどうか考えていた。

「あれ?」

 そんな私の頭の上から、そんな声が降ってきた。

「旭ちゃんでしょ、偶然だね。一人?」

 物思いから還り、ゆっくり顔を上げると、女性と腕を組んて、国見唯斗が笑顔を向けていた。
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