謎めいたおじさまの溺愛は、刺激が強すぎます
「ごめんなさい。大人しく帰るから、捨てないで唯斗」

 国見さんに本気で捨てられそうになって、女性は今度は一転して泣きそうになり、彼にしがみついた。

 彼も彼だけど、似た者同士なのか、女性の変わり身の速さにあ然とする。

「だったら、わかってくれるな」
「ええ、ごめんなさい。連絡待っているから」
「わかった」

 本当にあっさり女性は引き下がった。国見さんは頭を撫で、額をコツンとさせたかと思うと、カフェのお客さんたちの前で映画のワンシーンに出てくるようなキスをした。
 それを特等席で見る羽目になり、呆気に取られているとわ「絶対、連絡しね」と、色っぽく時々こちらを振り返りながら、帰っていった。

「ふう〜」

 女性の姿が見えなくなると、国見さんは私の目の前の椅子に座り込んだ。

「騒がせてごめん」
「口紅、付いてますよ」

 私は机の上にあったペーパーナプキンを手渡した。

「ありがとう」

 それを受け取って、口紅を拭う。そんな何気ない仕草も、彼は様になっている。

「本当に彼女さん、いいんですか?」

 夜の方が下手だと、勝手に決めつけられたのは完全にとばっちりだけど、気になって尋ねた。

「別に…彼女じゃない」


 あれだけイチャイチャしておいて、彼女ではないとか、彼の「彼女」「彼氏」の定義がわからない。

「私にはどちらでも構いませんけど、話ってなんですか」

 彼の用となんなのだろう。有美さんたちとの仲を取り持ってほしいとかだったら、どうしようと考えた。

「何かあった?」
「え?」
「だって、顔にすごくショックなことがあったって、書いてあったから、気になって。助けになるかわからないけど、話だけでも聞くよ」
「用って…それ?」

 私の様子が気にかかったから?

「ど、どうして…?」
「そんな顔してる旭ちゃんを、放っておけないから…それに、この前、親切にしてくれたから、そのお返し、かな?」

 国見さんは机に頬杖を突いて、真っ直ぐに私を見つめてくる。

 いきなりちゃん呼びされ、普段そこまで真っ直ぐ人と視線を合わせることがないのて、恥ずかしくなって、視線をそらす。

「べ、別に…あれは仕事みたいなものだし…お返しなんて…」
「でも、オレは嬉しかったから。ねえ、叔父さんに話してみない?」
「そんなこと言われても…特に話すことは…」
「パスタ」
「え?」

 彼は私の前にあるパスタを指差す。

「それ、全然手を付けていないよね。食欲が失くなるようなこと、あったんじゃないか?」
「そ、それは…」

 図星だけど、だからと言って殆ど初対面の人に、いきなり付き合っている人に振られたなんて、言えるわけがない。

「ほぼ他人なんだから、ほら、旅の恥は…違うか。袖すり合うも他生の縁って言うし、ね」

 戸惑う私の手から、彼はフォークを取り上げると、麺をクルクル巻き付けて、私の前に差し出した。

「ほら、食べたら、少しは元気になるんじゃない?」

「じ、自分で食べます」

 そのまま食べたら「あ〜ん」状態になる。彼ともしたことがないことを、義理も義理の叔父にしてもらえない。
 彼からフォークを取り戻すと、パクリと食べた。
 少し冷めていたが、モチモチで美味しい。

「じゃあ、食べ終わるまで待ってる」

 私が食べ始めるのを見て、彼は机の上の呼出ボタンを押して、店員を呼び出した。

「すみません、コーヒー、ホットで」


 結局、私は頼んだ料理をすべて平らげた。
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