謎めいたおじさまの溺愛は、刺激が強すぎます
 食べ終わると、体がポカポカと温かくなった。

「どう? 少しは元気が出た?」

 すっと手が伸びてきて、その手が顎を掴んで少し上向かせる。

「な、何するんですか!」

 いきなりの接触に、慌てて後ろに体を引いた。

「うん、さっきよりは顔色が良くなった」

 そう言って、彼は満足げに頷いた。

 彼の距離感がわからない。

「やめてください。いきなり触るなんて、失礼だわ」

「ごめん、旭ちゃんは触られるの、慣れてないんだ」

「な、慣れてるか慣れていないとかではなく、急に触られたら、誰でもびっくりします」

「じゃあ、次からは事前に断ってからにするよ」

「は?」

 ポカンと間抜けに口を開ける。

「そ、そういう問題では…わ、私と国見さんは」

「唯斗」

「え?」

「唯斗でいいよ。旭ちゃんとオレは親戚なんだから、もっと気安く呼んで」

「だ、だから呼びません! それに、勝手に人のこと下の名前で呼ばないでください」
 
「可愛い姪っ子を可愛がりたい叔父さんの楽しみを奪わないでほしいな」

「だ、だから、姪っ子とか叔父さんとか…」

「だって本当のことだろ? 旭ちゃんはオレの異母姉の娘だし」

「妹の穂香ならそうですけど、私と有美さんは血が繋がっていません。いきなり姪とか叔父と言われて、馴れ馴れしくされても困ります。今日を入れてたった二回会っただけで」

「回数が問題? なら、もっと会えば打ち解けてもらえるかな」

「そういう問題では…あの、そろそろ私、行かないと。仕事があるので」

 まるで話が通じない。この人は何がしたいんだろう。

「そう言えば、仕事、何しているの? 自由業…じゃないよね。公務員かな。それも教えてくれないの?」

「別に…そこまでは…か、会計士です」
「それって、国家資格の?」
「そうです」
「へえ、凄いね。賢いんだ」
「そ、そんなことは…」

 大体の人が、私の仕事を聞いて、そういう反応をする。

「名刺、もらっていい?」
「……どうぞ」

 ちょっと躊躇ったが、名刺には名前と事務所の所在地や電話番号しか書いていない。
 鞄から名刺入れを取り出し、一枚を彼に渡した。

「監査法人ね。確か、二十五歳だったよね。もう自分の担当とかあるの?」
「数は少ないですが。でも一応…チームを組んで、助け合ってます」
「じゃあ、オレのもお願いしようかな」
「え?」

 彼は私の名刺をこちらに翳し、ニコリと笑った。


「お仕事。会計士に頼むと言えば、会社の監査とか、コンサルだよね」
「よ、良くご存知ですね」

 国家資格の三大士の他の二つは医師と弁護士。両者はどんな仕事かは、良く知られているけど、会計士と聞くと何をするのかと良く聞かれる。
 勝手な偏見で、彼が会計士の仕事を知らないと思っていたので驚く。

「アメリカにね、会計士の知り合いがいるから」
「アメリカ?」
「そう。オレ、アメリカに居たことがあって」

 アメリカにどれくらいいて、何をしいたんだろう。確か高校を卒業してすぐ出ていったって言っていた。

「気になる? 知りたいことがあったら聞いて。旭ちゃんになら教えてあげる。オレの人生列伝」
「別に…き、気には…」

「そう? 案外思っていることが顔に出やすいタイプだと思うけど」

 そう言われて、慌てて顔を触る。

「顔に? うそ」
「オレ、昔から人のこと観察して、その人がどんな人か見抜くの得意なんだ。旭ちゃんはたとえば…」

 じっと穴が空くほどに、彼は私をじっと見つめる。

「何かに抑圧されて、自分を抑え込んでいる。自分がどんな人間か、まだ良くわかっていないってとこかな」
「な、なんですか、それ…」
「あと、案外情熱家」

 油断ならない国見さんの視線に、妙な胸騒ぎがする。
 この人は危険だ。
 気がつくと人のテリトリーに、侵入してきて、あっという間に支配されそう。
 そしてその沼に嵌まり込むと、底なし沼のように深みに嵌って出られなくなる。
 そんな感じがした。

「オレなら、旭ちゃんのその抑圧されたものを、開放させてあげる。そして、受け止めてあげられる」

 国見さんの瞳から目が離せなくなり、金縛りにあったかのように体が動かなくなる。

「お客様、お済みになった食器をお下げしてよろしいですか?」

 店員がやってきて、私の金縛りが解けた。

「は、はいお願いします」

 私はあたふたと荷物を持って、伝票を探した。

「ここはオレが払っておくよ」

 いつの間に取ったのか、国見さんが伝票をヒラヒラさける。

「だ、だめです。私の分は私が」
「叔父さんにいいカッコさせてよ。これくらい払わせて」
「そういうわけには行きません。これ、私の分です。お釣りはいりません」

 財布から二千円を取出し、机の上に置くと、「さよなら」と挨拶もそこそこにその場を離れた。

「またね。旭ちゃん」

 彼の明るい声が、後ろから聞こえたが、私は振り返らなかった。
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