謎めいたおじさまの溺愛は、刺激が強すぎます

3

(何なのよ。あの人)

 逃げるように会社に向かう。
 今更だけど名刺を渡したのはまずかったと思うが、それも後の祭りだ。

(そう言えば、尚弥さんのこと、どうしよう)

 突然別れのメールを送ってきた彼のことを思い出した。

 国見さんとのやり取りで、すっかり忘れていた。

(これが怪我の功名?)

 メールを見たときは、青天の霹靂。お先真っ暗な気分だったけど、お腹が膨らみ、国見さんとのやり取りでハラハラしたりドキドキしたおかげで、一歩引いて彼との関係を見つめ直すことが出来た。

 考えてみれば、三ヶ月前の近藤家のお通夜に行った頃から、彼の様子がおかしかった。
 メールの返事は遅いし、デートも仕事の帰りに食事をする程度で、休みの日は実家の親がとか、同級生がとか、色々理由を付けては会ってくれなくなった。

『メールじゃなく、一度きちんと会って話をしたい。連絡ください』
 
 そうメールを送った。文章だと、感情が伝わりにくい。それが今は有り難かった。

 事務所に帰り、事務を片付け、定時には仕事を終えて帰ろう。

 今は決算期ではないので、殆ど定時に退勤出来ている。

 私もメールをチェックしてから帰った。

 その時、携帯が鳴った。

 発信元は森本尚弥だ。

 深呼吸して、私は携帯に出た。

「もしもし」
「お前が何を言っても、俺は別れると決めた。もともと何の約束もしていなかったはずだ」

 開口一番、そう畳み掛けてきた。

「…別れるのがイヤとか、駄々をこねるつもりはないわ。ただ、どういう経緯で、そう結論に至ったのか、聞きたいだけ」
「お前より、もっといい女性に巡りあった。向こうも俺のことが好きだと言ってくれて、暫く前から付き合っている」
「二股?」
「お前みたいなお固くて、つまらない女が、俺みたいな男と付き合えただけでも、有り難く思ってくれ」
「……なにそれ、酷い」

 酷い言われように、携帯を持つ手が震える。
 最初からモラハラめいた所はあったけど、容赦ない言葉に涙が滲む。

「会って話すことない。月曜からはただの先輩と後輩だ」
「……そんないきなり…」
「嫌なら仕事、辞めるか? その方がお前も楽だろう」
「なんで…私が辞めるのよ」

 気不味くさせたのは、向こうなのに、私が辞めることを決めつけられ、腹が立った。

「とにかく、二人きりでは会わない。彼女も嫌がるし」
「わかったわ」

 あまりに腹が立って、私から電話を切った。

 すぐに、「勝手に切るな」と抗議のメールが来たが、無視することにした。

 酷い、酷すぎる。

 
 なんであんなふうに言われないといけないのか。悪いのは先に浮気した向こうなのに。

 それとも、私のほうが浮気なんだろうか。

 もんもんとした想いを抱えながら、私は週末を過ごした。
 

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