謎めいたおじさまの溺愛は、刺激が強すぎます
 なぜか私は勘違いで尚弥に付きまとう、危ない女というレッテルを貼られた。

「そ、そんな…私は、付きまとうだなんて…」

 皆の視線が突き刺さる。

「まさか、柳瀬さんが…」
「でも、小林さんとでは、全然タイプが違うし、ああいう地味な子って、思い詰めると何をするかわからないって言うじゃない?」
「ちが…わ、私は…」

 上井さんたちだけでなく、他の人達もこちらに注目している。

「皆さん、何か誤解かあるかもしれません。柳瀬さんと私達で話し合いますから、どうか今はお仕事に専念しましょう」
「そ、そうね。小林さん偉いわ」
「と、とにかくおめでとう。お幸せにね」

 私と尚弥、小林綺羅を残して、皆はそれぞれの席に戻って行った。

「どういうこと、私が…いつ付きまとったって?」

 ふるふる震えながら、受けた屈辱に涙目で訴えた。 

「お前みたいな地味な女、おれが本気になるわけがないだろう? まあ、これでわかっただろう。身の程を知れってことだ」

 皆に聞こえないように、小声で尚弥が囁いた。

 その日、どうやって過ごしたのか、はっきり思い出せない。
 途中で所長にも呼び出され、経緯について質問された。

「私は付きまといなんて、やっていません。同じチームだから、関わりはありましたけど…」
 
「でも、付き合っていると、勘違いしていたんだろう。森本に君から来たメッセージを見せてもらった。出張中にも、いつ帰ってくるのかとか、送っていたらしいな」

 どうやら彼は、自分のメッセージだけ消して、私が一方的に彼にメッセージを送っていたかのように、報告したらしい。
 
「まあ、チームを変えることは出来るし、もし居づらいなら、相談に乗るよ」

 ただのスタッフの私と、シニアスタッフの彼では会社はどちらを残したいと思っているか。一目瞭然だった。

「旭ちゃん」
「国見さん?」

 終業時間を待って、私はとぼとぼと重い足取りで事務所が入っているビルを出ると、目の前に国見さんがいた。

「早かったね。もう少し待つことになると思っていた」

 白のTシャツにぴったりした紺のカジュアルスーツを着た国見さんは、掛けたサングラスを下にちょっとずらして私に顔を見せた。

「ど、どうしたんですか」

 素で驚いたが、すぐにこの前名刺を渡したことを思い出した。

「ご飯を一緒にどうかなと思って。この前はすぐ別れちゃったし」

 外したサングラスの耳掛け部分を唇に当てながら、どんな女性でも蕩かすような笑みを向ける。

「ごめんなさい。私…」

 でも、今の私にはその威力も効果なしだ。それに、とても食事どころの気分じゃない。

「何かあったの?」

 私の様子に彼は笑みを凍らせた。

「食べたくないなら、お酒でもどう? そんな顔をしている君を放っておけない」

 その時の私は、誰でもいいから話を聞いてほしかった。
 でも、それだけではない。
 その時既に私は、彼の毒に蝕まれ始めていたのだと、後になって気づいた。


 頭が痛い。胸がムカムカする。喉が乾いた。

 割れるような頭痛と、胸のムカつき、そして喉の乾きを覚えて目を覚ます。

「あれ? ここ? んん、ゴホ」

 発した声がすごく嗄れていて、咳き込んだ。

 目を覚ました私の目に飛び込んで来たのは、見慣れない天井。そして、広い部屋の壁。
 起き上がってキョロキョロ部屋を見回す。
 壁一面の窓には、遮光カーテンが引かれ、間から白い光が差し込んでいる。

「どこ? ここ? え!」

 私はブカブカの白の半袖Tシャツを着ていて、ブラとパンティは付けていたが、下は何も履いていなかった。

「な、何が…どうして…」

 混乱する頭を抑え、一生懸命思い出そうとする。
 大きなベッドの片側にいて、もう半分には、誰かが寝ていたのか、頭の形に枕がへこみ、シーツもシワが寄っている。

「あ、起きたんだ」

 その時ドアが開いて、男性の声がした。

「く、国見…さん!?」

 入ってきたのは国見唯斗。襟元がV字になった無地の黒いTシャツに、ゆったりした白のスラックスを履いていて、手にはトレイを持っている。

「アリクサ、カーテンオープン」

 そう言うと、部屋のカーテンが自動的に開き出した。

「まぶし…」

 部屋に陽の光が差し込んで、思わず目を細める。

「どうぞ」

 いつの間にかすぐ側にきた彼は、ベッド脇の机の上にトレイを置く。水の入ったグラスとなにかの錠剤。そしてコーヒーが入ったマグカップが乗っていて、立ち昇る湯気と共に、淹れたてのコーヒーの香りが鼻孔をくすぐった。

「ここはオレの家。昨夜、旭ちゃんすごく酔って寝てしまったし、オレの家の方が近かったから、ここに連れてきた」

 
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