謎めいたおじさまの溺愛は、刺激が強すぎます
 次の日の朝、私は会社の前まで唯斗さんの車で送ってもらった。
 彼が用意してくれたスーツを着て。

 有名ブランドの高級スーツは、はっきり言って私のボーナス一回分が軽く飛ぶ値段だった。

「こういうのは、武装だから」

 グレーかブラックが多い私のワードローブにはない、明るいベージュのマーメイドスカートのスーツは、とても肌触りが良い。
 髪も朝早く唯斗さんにヘアアイロンでセットしてもらった。髪を緩く巻いて、化粧までしてくれた。
 
「アメリカに居たとき、同居していたやつがスタイリストだったんだ。日本人は手先が器用だからって、色々教えてくれた」

 料理も出来るし、化粧やヘアセットも上手。彼には投資家以外に色んな顔があった。

「あなた、何者?」

 他にどんな顔を隠しているんだろう。

「謎が多い方が、一緒にいて楽しいだろう?」

 彼はふふふと不適に笑った。

「大丈夫?」
「はい…多分」
「今の旭ちゃんなら、大丈夫だよ。ほら、自信を持って」

 ポンと彼に背中を押され、私は会社に向かった。

「おはよう…ございます」

 たった一日空いた位で、何が変わるのかと思いながら、私は会社に出勤した。

「あ、柳瀬さん」

 最初に私に気づいたのは、栗山さんだった。まだ八時なので、出勤しているのは彼女と後一人だけだった。
 私の体に緊張が走る。心臓がバクバクして喉が張り付く。

「ごめんなさいね。私たち、事情も知らないであなたに冷たくして」

 栗山さんが、私に頭を下げて謝ってきた。

「え、あ、あの…いえ、そんな」

 何があったんだろう。私は戸惑いつつも、自分の席に荷物を置いた。

「昨日は大変だったのよ」
「何かあったんですか?」
「午後、取引先からじゃんじゃん電話が掛かってきてね。それが、全部今後の取り引きについて、考え直したいとかそんな内容だったのよ」
「え! な、なぜですか?」

 聞いた内容に驚いた。

「所長も慌てちゃって、尋ねたらしいんだけど、うちの社員の悪い噂を聞いて、それが本当ならそんな人物を雇っている事務所を信用出来ない。仕事を任せるのが不安だって言われたんだった」
「悪い噂って、誰?」

 もしかして、私のことだろうかと、ぎくりとなる。
 もちろん、一昨日の話はまったく事実無根だ。でも噂にどんな尾ひれが付いて、一人歩きしているかわからない。

「森本君よ」
「え、森…本さん?」

 私のとこでなかったことにホッとしたけど、尚弥の名前が出たことに驚いた。

「彼の…噂って?」

 心臓がドキドキする。唯斗さんの顔がなぜか浮かんだ。

「彼の女性関係について、噂が流れたらしいわ。連絡があった会社も、他のチームが担当していた所もあったけど、殆ど彼が担当していたところからだったし、昨日は夕方から皆で対策会議よ」
「女性関係って?」
「取引先の受付の子とか、担当の女性社員とか、手を出してたみたいなの。それで所長が問い詰めて。一昨日あなたが彼に付きまとっていたとかあったでしょ。あれもどうなんだって話になって。あなたとのことも、実は利用して捨てたって暴露したらしいわ」

 まさかと思っていたけど、色んな女性に誘いをかけていたことがわかり、彼は所長だけでなくシニアパートナーたちにも厳重注意を言い渡され、暫くは雑務に回されることになったそうだ。

「それで、小林さんは?」
「それが、そんな人だと思わなかったって、指輪を突き返したらしいわ。彼女としても大誤算よね。それはそうとわ今日の柳瀬さんのスーツ素敵ね。それにスタイルも素敵」
「あ、ありがとう…ございます」

 その後、尚弥は出勤してきた。彼も私のファッションを見て一瞬驚いていたが、私とは目を合わさずコソコソしていた。

 私は所長に呼ばれ、部屋に入るなりいきなり所長は謝ってきた。

「すまなかった。君が真面目で仕事もきっちりする人間だとわかっていたのに、早とちりして酷いことを言った」
「所長、頭を上げてください」

 所長に頭を下げられ、私は困惑した。

「わかっていただけたのなら、それでいいです。でも、突然、取引先がなぜ?」

 誤解が解けたのは嬉しいけど、たった一日で急展開過ぎて狐にツママれた気分だ。

「それなんだが、柳瀬さんはリュニックソリューションという会社を知っているか?」
「リュニック…ソリューション…ですか? いいえ」

 聞いたことのない名前に、首を振る。

「まあ、経営やITのコンサルをやっている会社で、元は外資の社員だった人物が数年前に企業したらしいんだが」

 それと尚弥の話と何が関係あるのかと思いながら、私は黙って所長の言葉を聞いていた。
 
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