謎めいたおじさまの溺愛は、刺激が強すぎます
 私は彼に自分を重ねていたから、放っておけなかったのかも知れない。
 同じように母親に捨てられたが、彼はもっと辛い思いをしたに違いない。
 どんな想いで家を出たのかはわからないが、父親の最後を見送りたいと思って来たのに、あんな扱いは辛すぎるだろう。

 走って外に出て、左右を見回し彼の姿を探す。

(あ、いた)

 少し先の角に立つ背の高い彼の姿を見つけ、私は走って行った。

「あ、あの…」

 声を掛けようとして、私は躊躇った。

 街灯が照らす下で、煙草に火を点け空を見上げた横顔に、光るものを見たからだ。

(涙?)

 ふぅっと紫煙を吐き出した彼は、人の気配に気づいたのか、私の方に顔を向けた。

「何?」

 険しい顔で彼が問いかける。

「あ、あの…私…その…これを」

 自分が何をしようとしたのか、一瞬頭が真っ白になったが、手に持った返礼品の入ったビニールの手提げ袋を彼の前に差し出した。

「あの、これ、参列者の方に渡す返礼品…会葬の御礼状です」
「え?」

 彼はキョトンとした顔をして、私と袋を見比べる。

「あ〜それはどうも、ご丁寧にありがとう」

 そう言って横からそれを掴んで受け取った。

「ところで君、ここら辺の人? 受付にいたけど、葬儀社の人…じゃないよね」
「いえ、はい」
「……えっと、どっち?」
「あ、葬儀社の人ではないです。私は…私の父が有美さんと再婚して…」
「有美さん? ああ、そうなんだ。式場にいた制服の子は彼女の娘だよね。顔が似ていた」

 良く見ているなぁと、感心したが、次の言葉でがっかりした。

「ということは、君は義理の姪になるんだ。義理の叔父と姪…何かエロいね」
「は? どういうことですか?」
「でも、オレは佐藤の籍にも入っていないし、血の繋がりも戸籍上の繋がりもないから、他人みたいなものか。だけど叔父と姪の禁断の恋ってのもそそるなぁ」
「あの、さっきから何を仰っているのですか?」

 ブツブツと何やら不穏なことを言う彼から、ジリジリと遠ざかる。

「君、いくつ? 名前は?」

 知らない人にはついて行くな。というのは子供に限ってでいいんだろうか。

「や、柳瀬…旭…です。年齢は…二十四…です」
「アサヒちゃん。やば、ひと回り以上違うのか。どんな字書くの?」
「か、漢字の九に日曜日の日の『旭』です」
「旭ちゃん、いい名前だね。オレは国見唯斗。唯一の唯に北斗七星の斗ね『壮大な宇宙に浮かぶ星のように無限の可能性を秘めた唯一の人間に成長してほしい』って意味で母親が付けたらしい」

 聞いていない名前の由来を、なぜか彼はべらべらしゃべる。

「二十四っていうと、もう社会人かな。仕事は何をしているの?」

 どこまで答えていいのか、私は躊躇した。
 初対面で根掘り葉掘り聞かれるのは苦手で、しかも相手は訳アリの親戚で、おまけにホストか芸能人ばりに顔が良い男性との会話は私にはハードルか高すぎる。

「唯斗」

 立ち去るタイミングを失い、返事に困っていると、私の背後から、彼の名前を呼ぶ女性の声がした。
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