トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
『運命の相手』
「サラ!」
聞きたかった声が、聞こえた。
そう思ったのを境に、白い視界は晴れて行った。
目の前には、呆然として私を見ているギル。
彼の後ろには、さっきまでとはどこか違った青い空。
「サラ……本当に?」
恐る恐るといった感じで、ギルが私に手を伸ばしてくる。
そっと、その指先が私の頬に触れる。
「ギル。また会えて嬉しいです」
自然と私の顔が綻ぶ。
けれど何故かギルの方は、小さく「あ……」と口にしたきり動かなくなった。
「サラ様! あああああっ」
ガラガッシャーン
突然乱入してきた大声に、思わずそちらを見遣れば、少し離れた場所でばらけているリリが目に入った。その状態のまま私を見上げる彼女。うん、ホラーだから早く戻ってね。
リリの方を見たことで、ここが魔王城の中庭によく似ていることに気付いた。花壇に植わっている植物こそ違うが、それ以外の造りはほぼ同じ。きっとここは魔界での魔王城の中なのだろう。
『いやー、マジで妃殿下じゃん!』
その花壇の植物の一つから、聞き覚えのある声が上がる。ミニサイズなのは、新芽が出て復活したんだろうか。また会えて良かった、食人蔦さん。
リリと食人蔦さんそれぞれに笑みで返して、それから私はギルに目を戻した。
ギルは、先程と寸分違わない体勢で固まっていた。
「……ギル?」
さすがに様子がおかしいと思い、窺うようにその名を呼んでみる。
「サラ、俺は……」
ギルの声は、震えていた。
「俺は、サラを助けられなかった」
そう言うと同時に、ギルが僅かにしか触れていなかった指さえ、引いてしまう。
(私が攫われたときのことを言っているの?)
でもそれは、私が強引にギルの手を離したからだ。ギルのせいじゃない。
「離すなと言ってくれたギルの手を離したのは、私です。ギルは助けられなかったどころか、そんな私をこうして迎えにまで来てくれて――」
「違う、そうじゃない……っ」
ギルが頭を振って、私の言葉を遮る。
「百年花を品種改良して、十年花まではできてた。でも、サラと離れてから俺がやれたのは、そこまでで。今、俺がサラを呼び戻せたのは、まったくの偶然なんだ」
「偶然……?」
ギルの指す『偶然』が何なのかがわからず、私は聞き返した。
ギルが私を呼び戻し、私がギルと再会できた。事実しかないそれのどこに、『偶然』の要素があったというのか。
「……魔族に呼ばれたと思った。だから俺は、その魔族を呼び戻した。そうしたら、その魔族がサラを連れて来たんだ。俺が意識してサラを呼び戻したわけじゃない。俺がサラを助けたわけじゃない。サラを助けたのは……その子だ」
言って、ギルが私の前で身を屈める。それから彼は、躊躇いがちに私の方へと手を伸ばしてきた。
ピタリと、ギルの手が私の身体に当てられる。――私のお腹へと。
「……え? その子って……」
ギルの意図するところがわからなかったのではなく、わかってしまったことに戸惑う。
何とはなしに、私も自分のお腹へと手を当てた。
膨らんでいるわけでもないし、いきなりのことで実感はないけれど、気持ちが高揚してきたのはわかる。
「本当に、偶然なんだ。だから俺には、サラにそんなふうに思ってもらえる資格なんて――」
そういった気分のところへ、ギルがどこかで聞いたような台詞を口にしたものだから、つい私は「ふふっ」と笑ってしまった。
「サラ?」
「ギル」
私は低くなったギルの頭を、クシャクシャと撫でた。
驚いた様子で私を見た、ギルの深い青の瞳とかち合う。
「私がギルと偶然夫婦になって、離れ離れになる前に偶然結ばれて。私がギルの子を偶然宿して、偶然その子がいたことで助かって。別に全部、偶然でもいいじゃないですか。私は何も困りません」
一息で言い切れば、ギルの目が見開かれる。彼の中でもカルガディウムでの遣り取りに繋がったことがわかる。
「俺も……困ってない。サラはいるし、俺たちの子までいる。何も、困らない」
次いでギルも当時の私と似たような感想を抱いていて、そのことに私はまた笑みが零れた。
ギルも曖昧ではあるものの笑って、けれどすぐにそれは消えてしまう。
「それでもこの一ヶ月にサラが過ごした辛い日々を思うと、せめてそれと同等のことが俺にもあって然るべきだ」
重苦しげに言った、ギル。演技とは思えない、その差し迫った表情。一体彼の想像では、私はどんな目に遭っていたのだろうか。
実際の私の一ヶ月といえば――
聞きたかった声が、聞こえた。
そう思ったのを境に、白い視界は晴れて行った。
目の前には、呆然として私を見ているギル。
彼の後ろには、さっきまでとはどこか違った青い空。
「サラ……本当に?」
恐る恐るといった感じで、ギルが私に手を伸ばしてくる。
そっと、その指先が私の頬に触れる。
「ギル。また会えて嬉しいです」
自然と私の顔が綻ぶ。
けれど何故かギルの方は、小さく「あ……」と口にしたきり動かなくなった。
「サラ様! あああああっ」
ガラガッシャーン
突然乱入してきた大声に、思わずそちらを見遣れば、少し離れた場所でばらけているリリが目に入った。その状態のまま私を見上げる彼女。うん、ホラーだから早く戻ってね。
リリの方を見たことで、ここが魔王城の中庭によく似ていることに気付いた。花壇に植わっている植物こそ違うが、それ以外の造りはほぼ同じ。きっとここは魔界での魔王城の中なのだろう。
『いやー、マジで妃殿下じゃん!』
その花壇の植物の一つから、聞き覚えのある声が上がる。ミニサイズなのは、新芽が出て復活したんだろうか。また会えて良かった、食人蔦さん。
リリと食人蔦さんそれぞれに笑みで返して、それから私はギルに目を戻した。
ギルは、先程と寸分違わない体勢で固まっていた。
「……ギル?」
さすがに様子がおかしいと思い、窺うようにその名を呼んでみる。
「サラ、俺は……」
ギルの声は、震えていた。
「俺は、サラを助けられなかった」
そう言うと同時に、ギルが僅かにしか触れていなかった指さえ、引いてしまう。
(私が攫われたときのことを言っているの?)
でもそれは、私が強引にギルの手を離したからだ。ギルのせいじゃない。
「離すなと言ってくれたギルの手を離したのは、私です。ギルは助けられなかったどころか、そんな私をこうして迎えにまで来てくれて――」
「違う、そうじゃない……っ」
ギルが頭を振って、私の言葉を遮る。
「百年花を品種改良して、十年花まではできてた。でも、サラと離れてから俺がやれたのは、そこまでで。今、俺がサラを呼び戻せたのは、まったくの偶然なんだ」
「偶然……?」
ギルの指す『偶然』が何なのかがわからず、私は聞き返した。
ギルが私を呼び戻し、私がギルと再会できた。事実しかないそれのどこに、『偶然』の要素があったというのか。
「……魔族に呼ばれたと思った。だから俺は、その魔族を呼び戻した。そうしたら、その魔族がサラを連れて来たんだ。俺が意識してサラを呼び戻したわけじゃない。俺がサラを助けたわけじゃない。サラを助けたのは……その子だ」
言って、ギルが私の前で身を屈める。それから彼は、躊躇いがちに私の方へと手を伸ばしてきた。
ピタリと、ギルの手が私の身体に当てられる。――私のお腹へと。
「……え? その子って……」
ギルの意図するところがわからなかったのではなく、わかってしまったことに戸惑う。
何とはなしに、私も自分のお腹へと手を当てた。
膨らんでいるわけでもないし、いきなりのことで実感はないけれど、気持ちが高揚してきたのはわかる。
「本当に、偶然なんだ。だから俺には、サラにそんなふうに思ってもらえる資格なんて――」
そういった気分のところへ、ギルがどこかで聞いたような台詞を口にしたものだから、つい私は「ふふっ」と笑ってしまった。
「サラ?」
「ギル」
私は低くなったギルの頭を、クシャクシャと撫でた。
驚いた様子で私を見た、ギルの深い青の瞳とかち合う。
「私がギルと偶然夫婦になって、離れ離れになる前に偶然結ばれて。私がギルの子を偶然宿して、偶然その子がいたことで助かって。別に全部、偶然でもいいじゃないですか。私は何も困りません」
一息で言い切れば、ギルの目が見開かれる。彼の中でもカルガディウムでの遣り取りに繋がったことがわかる。
「俺も……困ってない。サラはいるし、俺たちの子までいる。何も、困らない」
次いでギルも当時の私と似たような感想を抱いていて、そのことに私はまた笑みが零れた。
ギルも曖昧ではあるものの笑って、けれどすぐにそれは消えてしまう。
「それでもこの一ヶ月にサラが過ごした辛い日々を思うと、せめてそれと同等のことが俺にもあって然るべきだ」
重苦しげに言った、ギル。演技とは思えない、その差し迫った表情。一体彼の想像では、私はどんな目に遭っていたのだろうか。
実際の私の一ヶ月といえば――