トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~

夫婦以上、恋人未満 -ギル視点-

 風呂から上がった俺は、革張りのソファーに腰掛け、シナレフィーから貸してもらった本を広げた。
 『恋するあなたへ ~初めてのデート編~』。シナレフィーが言うには、唇へのキスはこの『デート』という段階を踏んでからが原則だとか。しかも『デート』を成功判定で終わらせた場合のみ可だとか。

『おい、魔王。魔王ってばよ』
「何だよ、魔王城。俺は今から、失敗できない重要なミッションにおける指南書をだな――」
『さっきお前の嫁が、お前のこと「格好いい」って言ってたぞ』
「何だって!」

 立ち上がった拍子に手から滑り落ちた本を、どうにか床に着く直前でキャッチする。
 危ない。これの持ち主は、本の汚れや折れに厳しいのだ。

「一人でこっそりそんなこと言ってるなんて、サラは照れ屋なんだな。うへへ」

 サラの部屋へと繋がる扉を見る。壁を透過する能力は持っていないが、可愛く俺に思いを馳せている嫁の幻が見えた気がした。

『今、「格好いい」とは真逆の顔になってるぞ』
「いいんだよ! 彼女といる時はキリッとするから」
『ボロが出るのも時間の問題だな』
「そんなことはない。俺的には、格好良くサラを助け出したし、最初のキスも決まったと思っている」
『見栄を張るのは止めておけって。そういう垣根が無い方が、良い夫婦ってもんだ』
「ぐ……」

 正論を繰り出してきた魔王城に二の句が継げず、黙ってソファに座り直す。

『まあ、オレが見た感じじゃ、お前が素を出しても嫁の好感度は寧ろ上がると思うぞ』
「よしわかった。明日からはそれで」

 そういうことなら取り繕う必要なんてない。
 俺は先程まで見ていた本を、もう一度広げた。
 パラパラ
 本の頁を捲る。
 捲って、悩み、唸る。

「安全性を考えるなら、慣れたうちの城下町でするのがいいんだろうけど……あそこじゃ本に載ってるようなデートは難しいよなぁ……」

 魔物は基本物々交換の生活のため、通貨が流通していない。だから商店は少なく、しかも客が被らないようそれぞれが離れて建っている。ウィンドウショッピングとやらをするには、向いていない街の構造だ。
 ちなみに先人シナレフィーは、本を漁りに頻繁に人間の街へ行っていたため、その辺の人間より余程人間の街に詳しかったとか(ミア談)。

『根本的なことを聞くとさ、魔王。仕事を手伝ってくれと頼んだ矢先から、デートに誘うってどうよ?』
「え?」

 街以外のデート例を探し始めていた俺は、魔王城の問いに手を止めた。

『「え?」じゃないって。お妃さんに仕事手伝ってくれって言って、彼女がわかりましたって答えた。そこで二人で街へ行こうって話を出したら、良くて『視察の同行』。悪けりゃ、仕事に不真面目な男認定だ』
「! 良くても悪くてもデートじゃない!」

 突き付けられた事実に、思わず本を閉じてその背表紙に額を打ち当てる。
 『キスの時間』は良い感じにこなせたから、デートも楽勝と思いきや……甘かった。

「――待てよ。街の視察だと思われるなら、いっそそれを利用してしまえばどうだ。視察が終われば、そこから城まで帰る道中は仕事じゃない、よってデートになる。名案だ!」
『視察って名目なら、出掛けるのは夕方からにしておけよ。昼間までは閑散としてる場所が多いから』
「わかった。本当に気が利くよな、魔王城は」
『オレも早いところ魔界の本体に帰りたいからな。その方向に舵を切ったお前のことは、評価してんだよ』

 照れたような魔王城の声(テレパシー)がして、それを最後に魔王城の気配は遠ざかった。
 サラがくれた情報で、魔界への帰還計画は大幅に進展した。やっぱり彼女は、出会うべくして出会った俺の嫁だったに違いない。

(何かこう……つい触りたくなるし、というか気付いたら触ってたし)

 撫でた髪のくすぐったさ。キスした頬の、柔らかさ。

「うん。俺はサラが好きだな」

 俺はここからでは聞こえないだろう言葉を、彼女の部屋に向かって言った。
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