トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
 でかい。とてつもなく、でかい。
 竜なシナレフィーさんに対する感想は、もうそれしかなかった。
 前庭に入る手前で、思わず足を止める。
 そこから見える景色は、紫。紫の巨体が、広いはずの前庭を半分以上は占めていた。
 私を丸呑み出来そうな大きな口が少し動いたかと思うと、琥珀色の爬虫類的な目がギョロリとこちらを見る。

(こ、これに乗れと……)

 シナレフィーさんとわかっていても、近寄りがたいのですが。
 いや、そもそも『シナレフィーさんに乗る』こと自体、難易度高くないですか。
 私が固まっている間にも、ミアさんがシナレフィーさんに駆け寄り、その大きな顔にキスをする。

(あ、デレた)

 目付きが柔らかくなったシナレフィーさんに、ちょっとだけ恐怖が減った。ミアさん、ありがとう。
 もたもたしていては、またシナレフィーさんの目付きが鋭くなりそうだ。私は覚悟を決めて、前庭に足を踏み入れた。
 中庭からそのまま私たちと来たリリが、私の後ろを着いてくる。街へも一緒に行くらしい。

『お、妃殿下だよ』
『ここへ来られるのは初日以来だなあ』
(んん?)

 少し歩いたところで予想外な第三者の声が聞こえて、私は思わず周りを見回した。

(あ、食人蔦)

 忘れていた。ここには彼らがいたんだった。どうやら念話ができるようになったので、彼らの声も拾えるようになっていたようだ。

『オレたち癒やし系とは程遠いからなぁ』
『それもだけど、やっぱ最初にジロジロ見ちゃったのが駄目だったんじゃん?』
『そりゃ陛下が、めっちゃご機嫌で抱きかかえてたら見るだろ』
『それなー。オレも嫁が欲しい』

 ワシャワシャ
 食人蔦たちが、花びらや蔦を動かしながら会話する。

『オレたちは分裂して増えるから、嫁とか関係無いじゃん』
『別に繁殖がどうのじゃなくてさ。嫁が欲しい』
『それなー。せっかく口があるんだから、キスの時間やってみたい』

 ワシャワシャ
 ワシャワシャ
 声が聞こえなかったら、きっと私をどう食べてやろうかの算段に見えたね、これ。実際は普通の、寧ろ微笑ましい感じの雑談をしているわけだけど。
 そう思いながら眺めていると、

「ひゃっ⁉」

 彼らは突然、一斉にこちらを振り返った。
 ヒュッ
 直後、風を切った音がした。
 一本の蔦が、私の耳の側を通ったらしい。
 私は反射的にその蔦の行方を追って――それが何をしたのかを直視してしまった。
 バリバリ
 ムシャムシャ

(花が蝶を食べてるー!)

 そこそこ大きさのある青い蝶が、片方の羽、胴体、もう片方の羽の順で花の口の中へと消えて行く。
 うわわ。『食人』ではないけれど、食人蔦の食事場面を目撃しちゃったよ。
 衝撃的……ああでも、溶かしてジワジワ(なぶ)り殺しにする食虫植物よりはマシなような……。
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