トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
 最後に立ち寄ったのは、シナレフィーさん行きつけの書店。

「おや、シナレフィーさん。いらっしゃい」

 入口から程近い本棚の前に立っていた初老の男性が、片手を上げて挨拶してくる。
 棚に本を並べていたようなので、店主なのだろう。店主から名前で呼ばれるなんて、『行きつけ』感がある。

「ゼンさん。いつものはありますか?」
「勿論、用意してあるさ。奥まで来てくれ」

 「いつもの」で通じるやり取り、常連客ぽい!
 ゼンさんの後ろを、シナレフィーさんが付いていく。「いつもの」が気になった私は、さらにその後ろを付いていった。
 ミアさんとリリは、その正体を知っているのだろう。「ああ、あれね」という顔で、それぞれ店内に散っていった。
 ゼンさんに案内された部屋に入ると、すぐにとある一点に目が行った。
 一画を占める本のタワー。本の摩天楼。何だこの、尋常じゃない数の本が積み上げられたスペースは。
 そこへ一直線に向かったシナレフィーさん。ですよねー。
 医学、経済学、物理学……見事に小難しいタイトルばかりが並ぶ。絵本や生活の知恵みたいな庶民的な本なんて、一冊も見当たらない。

「以前立ち寄った時から、次に来るまでに入荷した本全種類を、取り置いてもらっているんです」

 無意識に物言いたげな視線を送ってしまっていたらしい私に、シナレフィーさんが説明してくれる。

「入荷した本、全種類を取り置き……」

 それが、「いつもの」。
 何という上客。そして、竜の知識欲の本気、なめてました。

「シナレフィーさんのところには、代々お世話になっていてね。お父様やお祖父様はお元気かな?」

 ゼンさんが、今日入荷した分をさらに積み上げながら、話を振ってくる。
 その『お父様』や『お祖父様』、きっと全員シナレフィーさん本人だと思います……。

「ええ、まあ元気ですよ。それで本ですが、これが買いに来る最後になります。遠い故郷に帰ることになりましたので」
「おや、それは寂しくなる。けれどシナレフィーさん的には、丁度良い時機だったかもなぁ」
「丁度良いとは?」

 シナレフィーさんが本の塊を亜空間に投げ入れながら、ゼンさんに聞き返す。
 カテゴリごとに紐で結わえてある様子。ゼンさんの心遣いが感じられる。

「間もなく、王都の検問が強化されるそうだ。一日に出入り可能な人数や、移動出来る荷物の量にも制限を掛けるらしい。そうなると当然、入荷する本の量も種類も今よりずっと少なくなる」
「確かに本が無ければ、王都まで来る必要はありませんね」
「だろう。何でも先日、勇者の直系であるカシム様の奥方様が魔王に(さら)われたとかで、そうなるらしい」

 ドキッ
 カシムの奥方ではないし、ギルにも攫われたのではなく助けられたのだけど、それはやっぱり私のことだろう。

「宮廷魔術士様が探索蝶を使ったり、冒険者ギルドへも依頼が行っていたりするようだが、未だ見つからないという話だ。カシム様の身に刻まれた婚姻の証が消えない限り、奥方様は生きてはおられるようだが。その奥方様が見つかるか亡くなるかしない内は、人も物も出入りが厳しいままだろうね」
「そうでしたか」

 まったく動じず、シナレフィーさんがしれっと返す。
 今の話からいって、前庭で食人蔦が食べてくれた探索蝶の探しものは、私で間違いなさそうだ。
< 34 / 106 >

この作品をシェア

pagetop