トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~

勇者の暗躍

 王都へ行った日を含め五日間、私は毎日、前庭に立って空を見上げていた。

(ギルが帰ってこない……)

 ギルから受け取った魔力が切れたようで、食人蔦の声は聞こえない。けれど、彼らが心配そうに私を見る気配は感じられた。
 サワサワ
 少し強くなった風に、(なび)く髪を押さえる。

「心配だな」

 ふと呟いて、違和感に首を傾げる。
 心配……とはまた違う。

「寂しいんだ。私」

 また呟いて、今度はしっくりときた。

「ギル……」

 サワサワ
 先程よりも強くなった風に、足首まで丈があるワンピースの裾が舞い上がり、私は慌てて手で押さえた。

「わぷっ」

 今度は突風が吹いて、次いで地面が(かげ)る。

(え?)

 雨が降ってくるのかと見上げれば、空は雲ではなく巨大な物体に覆われていた。
 物体――銀の竜が中庭に降り立つ。
 深い青の瞳が、私を捉える。

(ギルだ)

 声は聞こえなくとも、わかる。私は銀の竜に駆け寄った。
 途端、
 ガゴゴンッ
 地面を揺らす程の音を立て、魔王城の一部が崩れ落ちた。

(な、何⁉)

 たたらを踏んだ私は、落下した()(れき)を見遣った。

「驚かせて、ごめん。竜なのを忘れてて、動いたら翼が引っ掛かった」

 そして掛けられた声に、前方に目を戻せば、銀の竜は見慣れたギルの姿に変わっていた。
 肩に付いた(つち)(ぼこり)を払う、ギル。翼が引っ掛かって傷付いたのは、建物の方だけの様子。
 怪我が無くて何よりだけど……。

「ちょっ、そこまで笑うか魔王城! そうだよ、サラしか見えてなかったよ!」

 どうやら魔王城は怒ってはいないらしい。というか、ギルは大笑いされているらしい。

「あー、はいはい。ちゃんと戻す、戻すから」

 ギルが瓦礫に手を翳す。するとそれはフワッと浮き上がり、元の場所へと戻っていった。

「わー……」

 思わずその光景に見とれる。
 フワフワ
 まるで意思があるかのように、細かな破片までが在るべき場所へ自ら収まっていく。
 すべてがそうなって、やがて魔王城は完全に元通りとなった。

「よしっ、完了。サラ!」
「はいいっ」

 いきなり両肩を掴まれ、私は跳び上がった。
 いつの間にか、まだ距離があったはずのギルは目の前にいた。目の前……過ぎやしませんか。

「んっ」

 近いどころか、そのまま距離はゼロに。ギルの唇が、私の唇に重なる。

(久しぶりの、キスの時間だ……)

 ギルの両手が、私の頬に添えられる。
 掠めるように移動したギルの口が、私の下唇を食む。

「……ただいま、サラ」

 鼻先を付けたまま、ギルが小声で言う。
 だから同じように小声で「おかえりなさい」と返せば、どこか内緒話のようなくすぐったさを感じた。

(何だか、落ち着く)

 初めは、どぎまぎしたキスの時間だったのに。今も鼓動は速いのに。どうしてかそれが心地良くて。だから、落ち着く。
 頬に置いたままのギルの親指が、私の口の端を撫でる。
 次いでその指は滑り降りて、私の顎を引き下げた。

「ギル。三秒ルールだから」

 一連の指の動きから予測出来た彼の次の行動を、やんわり『約束事』で制してみる。
 息を止めたのか、ギルの吐息が一度途切れて、

「じゃあ、三秒を五日分」
「それ、つまり三秒じゃ――」

 悪びれた様子もなく屁理屈を言い放った口は、やっぱり私のそれを塞いだ。

「んっ……」

 私の反応を窺うように、ギルの舌先が私の舌を(ついば)んでくる。
 やがて逃げないとみたのか、遠慮がちだったギルの舌は大胆に動き始めた。

「ふ……」

 絡んできたギルの舌が、執拗に私の動きを追ってくる。
 追って、追って、追って、
 ピタリ
 突然その猛攻は止んだ。

「⁉」

 最後にチロリと一舐めして、ギルの舌が離れていく。

「……五日分でも物足りない」

 あ、五日分が終了したから。律儀だ……。

「! しまった。夜の分は三秒じゃなくてもいいんだった!」
「ぷっ」

 大真面目な顔をして叫んだギルに、つい笑ってしまう。
 心底残念そうな彼の様子に、そして同じく残念だと思ってしまった自分に。

「……うん。物足りない」

 私は自分でも聞こえるか聞こえないかの声量で言って、ポスンとギルの胸に頭を付けた。
 途端、ギュッとギルの両腕で抱き締められる。

「サラが可愛いこと言ってる……」
「う」

 しっかり聞こえていたらしい。
 竜は視力だけでなく、聴力もかなり良いようです……。
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