トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
(人間側に、使えない理由がある?)

 考えながら、ギルがステーキを食べる姿を眺める。ステーキ一枚が一口というのが竜族のマナーなの?
 視線を前に戻すと、サラダを食べているシナレフィーさんが目に入る。サラダを食べる姿は、打って変わって上品だ。

「折角、ゼンがくれた情報です。精霊の村を訪ねてみては?」

 皿を空にしてフォークを置いたシナレフィーさんが、ギルの手の中の紙を指差す。

(――そうだ。ゼンさんの書店!)

 『ゼン』というキーワードに、私の中でバラバラに散っていた思考たちが、繋がった感触がした。
 本屋でシナレフィーさんは、全種類取り置いてもらっていると言ってた。積まれた本は、相当な数だった。

(でもそこには、子供が読めそうな本が一冊も無かった)

 以前、私の異世界の話にも興味を示していたシナレフィーさんだ、本のジャンルで選り好みをするとは考えにくい。例えゼンさんの店が専門書店であっても、他にも本があるなら代理購入くらい頼むだろう。
 それなのに、無かった。つまりどこにも出回っていないということ。
 絵本を読まないで育った子が、いきなり医学や経済の本を読めるとは思わない。あれだけの量の本が、一部の人間のためだけに存在する。
 二百年前の大人なら誰でも自分の子に、文字や言葉を教えられたかもしれない。でも、そんな状態が長く続けば、国民全体の識字レベルの低下は(まぬか)れない。

「自分たちにも大きな被害が出るっていうのに、精霊に喧嘩を売るとか。人間は何がしたいのか、俺にはわからないな」

 ギルが溜息をついて、ガリガリと頭を掻く。

「あるはずの知識を広く人に伝えるだけで、魔物を狩らなくとも、いや狩るよりも生活の質は向上するってのに。それで誰も困ることなんて――」
「誰も困らないことに、困る人間がいる……」

 私の口から、自然と言葉が零れた。
 二人の視線が私に集まる。
 知識を敢えて使わない。それは、隠すことと同義。
 そしてその場合、本当に隠したいのは――

「誰も困らないことに、困る人がいる。そうしないと、自分たちが特別じゃなくなるから」

 隠したいのはきっと、『特別』じゃない自分へのコンプレックス。
 知識を伝えることでコンプレックスを暴露することになるなら、口を閉ざす人間なんてごまんといるだろう。
 沈黙が下りる。
 そしてそれは数秒の後、シナレフィーさんの「――ああ、なるほど」という声で破られた。
< 39 / 106 >

この作品をシェア

pagetop