トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~

竜殺しの剣 -ギル視点-

「サラは、もう寝てるだろうな」

 精霊の村に向かう前に、もう一度様子を見ておこうと溶岩地帯へ行き、帰ってきたら既に深夜だった。夕食どころか、三秒ルールが適用されない夜のキスの時間まで過ぎてしまっている。ショックだ。
 この気持ちをわかって欲しい、そんな思いで書庫を訪ねれば、

「ミアも随分前に寝たので、そうでしょう」

 そこの持ち主に、「何を当然のことを」という顔で一蹴された。
 この余裕の切り返し、どうやらシナレフィーはミアと仲直りしてキスの時間もしっかりやったと見える。くそっ、羨ましい。
 数年前まではまだ疎らだったのに、今はギッシリと本が詰まった書棚を見る。「ここと、魔界にある魔王城の本体に書庫が欲しい」。それがシナレフィーの、俺の計画を手伝う際の条件の一つだった。今夜も彼は、お気に入りの本をせっせと亜空間から取り出しては並べ、それを眺めていたようだ。

「さっき出掛けに空間移動をしたら、移動先で片足がめり込んだ。精霊が不安定な状態での異世界転移は避けた方がよさそうだ」

 俺は本に夢中でこちらを見ないシナレフィーに言って、出入口側の壁に背を凭れた。
 火の精霊はサッパリした性格なので、ミノタウロスに突貫工事で作らせた新しい(ほこら)っぽい場所に、すんなり移ってくれた。これで溶岩地帯のこれ以上の拡大については、解決したはず。
 ただ、中には気難しい精霊もいる。そこをカシムに引っ掻き回されると、かなり面倒なことになりそうだ。

「風と水のご機嫌取りは、シナレフィーに任せる」
「構いませんよ」
「そう担当の範囲外と言われても他に頼める奴が――って、え、構わない? 珍しく安請け合いしたな。いいのか?」

 想定外の返しに、思わず身を起こして彼を見る。

「風の精霊は私の娘に熱を上げていますし、水の方は息子に夢中です。放っておいても、協力的だと思いますので」
「どうなってんだよ、お前の家系のモテ具合は……助かるけどさ」
「ところで、陛下が持っているそれは何です?」
「ん? ああ、『折り鶴』って呼ばれる紙細工らしい。サラがくれたんだ。健康祈願の御守りって言ってた」

 俺は胸の前に掲げた、折り鶴を見下ろした。
 手から滑り落ちないよう、だが皺ができないよう、絶妙な力加減でつまんでいる。貰ったのが嬉しくて、ここへ来るまでも道すがら眺めていた。

「よく見せてもらっても?」
「! 駄目、絶対駄目、お前分解するだろ!」

 ハッとして、俺は空いた方の手で折り鶴を隠した。やばい、奴の視線がやばい。

「見た後は完璧に元に戻します」
「いやいやいや、それだとお前が作った折り鶴になるから。その時点で完璧じゃないから」
「椅子から落ちるという身体を張った誘惑をする陛下は、十分健康だと思いますが」
「何、チクってるんだ魔王城! あれはわざと落ちたわけじゃない。サラがいきなり俺に好きって言ってキスするから、驚いて。あー、そういやその時にサラを見上げる形になって新鮮だったな。あと、体勢的には俺が押し倒されているはずなのに、何かこう俺の方が襲っている気分に……あ」

 思い出した光景をついそのまま口に出して、俺は慌てて手で押さえた。

「私もミアに試しに乗ってもらったことがあるので、理解できます。私の場合は折角なので、そのままミアに脱がせてもらって――」
「ストップ! ストーーーップ! そこから先は言わなくていい!」

 今うっかり、俺とサラで想像しかけた。危ないったら、ない。

「お前、本当に何でも試す奴だよな。……ちなみに例の本の内容だと、幾つ試した?」
「当然、全部試しましたよ」
「えっ、あの後ろから二頁目も?」
「はい」
「……」

 もう魔王は、こいつでいいんじゃないかな。
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