トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~

始まりの日 -カシム視点-

「……はっ、ジラフの奴、何が『勇者の使命』だ。好き放題言ってくれる」

 あの異世界人の捜索に進展が無いことは棚に上げて、よく言う。
 俺は王家からの書簡を、グシャリと握り潰した。
 近くの木の枝に止まっていた白い鷹に向かって、手で払う真似をする。王家への返簡などあるものか。
 バサバサッ
 飛び立った鷹が森を抜け、暮れ始めた空の色に染まる。

(今日も闇の(ほこら)に辿り着けなかったか)

 俺は森の向こうに見える建物を、睨みつけた。
 残る祠は、闇と光。ただ、風と水については、元々住処としていなかったのか変化を感じられなかった。手応えがあったのは、火と土だけ。
 闇の精霊は気難しく、昔の人間に何度も祠を造り直させたという。そこまでさせた住処を壊したなら、暫くは不安定になると期待している。

(拘っただけあって、行くだけで難儀なようだが)

 開けた場所に野営のテントを張りながら、溜息をつく。祠の姿を捉えたのは二日前だというのに、まるで逃げ水のように一向に近付けないでいる。
 テントを張り終え、俺は空間魔法で取り出した薪で焚火を作り、その側に腰を下ろした。
 今度はバターを練り込んだパンを取り出し、それを(かじ)る。
 昨日は、目立つ色の小石を落としながら森を歩いていた。ところが、一時間程でそれらは何故か元の小袋の中へと戻ってきていた。
 ならばと今日は、躊躇(ためら)いはあったが木を傷付けようとして、それは叶わなかった。木はどれもが非常に硬く、細い枝でさえ剣を以てしても折れなかった。
 精霊の地に来て数日経つが、この森を含めすべての場所が異様だ。動物どころか虫一匹見かけない。

(精霊の地は不可侵の領域、か……)

 契約者以外は見つけることすらできないというのは、ただの噂というわけではなさそうだ。
 パンの最後の一口を飲み込む。
 同時に、パチッと焚火の火が爆ぜた。
 腰から鞘ごと短剣を外し、火の明かりに抜き身のそれを翳す。木を切ろうとして派手に弾かれたが、幸い()(こぼ)れは見当たらないようだ。
 ふと、短剣の柄から下がった紐飾りに目が行く。
 俺は一度、強く柄を握り締めた。
 『始まりの日』のことを思い出す――
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