トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
「ふむ……魔王城の周辺に、魔物の街が出現していたと」

 見回りから戻った俺の報告に、(おさ)が豊かな白髭を撫でながら言う。
 その口調は、信じ難いといったものだ。無理もない。
 遺跡を利用した魔物の住処自体は、以前から存在した。しかし、ほんの数日前まで、それは街という規模ではなかったはずだった。
 長が口にした『出現』という表現が、適当だろう。それは(こつ)(ぜん)と姿を現した。

「確かに、この目で見ました」
「よくできた幻の術という可能性も……」
「僕はカシムが見たのは、本物だと思うけど?」

 お互いに立ったまま話していた俺たちの横から、別の人間の声が飛んでくる。
 長の屋敷には先客があったようだ。長椅子に深く腰掛け、上半身だけをこちらに向けた少年と目が合った。
 年の頃は十四、五。肩で切り揃えた真っ直ぐな金髪に、赤ワインのような濃紅色の瞳。純白の布地に金の刺繍が施されたローブを身に着けた彼には、見覚えがあった。
 宮廷魔術士ジラフ。イスカの村に、十年前に暫く滞在していたことがあった。そのときと寸分も違わない容姿であることから、実際には少年という歳ではないのだろう。
 十年前、普段王都にいる彼が村を訪れた理由は、火事でその大半が焼けた村の再建のためだった。王家から任されたというジラフ自身も、王家に名を連ねる者だという。
 長椅子から立ち上がったジラフが、出入口付近で話していた俺たちの側まで来る。俺は昔から、勝手気ままな気質を隠そうともしないこの魔術士が苦手だった。

「カシムがその街で見たっていう魔物は、どれも優秀な素材として有名な種族。でもって、そいつらは最近、元の生息地から突然姿を消したって話だ。突然現れた街に、突然消えた魔物の姿。偶然なわけないよね」
「狙われやすい魔物を、魔王が手元に呼び寄せ保護している……ということですか?」

 俺の質問に、ジラフが「だろうね」と顎に指を当てる。

「新しい魔王は、情に厚い奴なのかな。けど、浅慮ともいえる。幾ら今いる魔物を護っても、適した生息地じゃないと増えなくて先細りするはずだよ。一時的な対処なら、いざ知らず」
「一時的……」

 ジラフの返答に、ギクリとする。
 十年前の、炎に巻かれた村の光景が蘇る。
 あのとき、俺は魔王と対峙しながら、奴など見ていなかった。俺の五感すべては、村に向けられていた。だから俺は、俺をあしらった魔王の気まぐれを、好都合だとしか思わなかった。
 その時点で村にとって、魔王や魔物は害を及ぼす存在でしかなかったという背景もある。だが、村の再建の際に魔物素材を多く取り入れたとき、俺は気付くべきだった。追考するべきだった。
 そうだ。魔王ギルガディスは、確かに言っていた。

「一時的、なのだと思います。魔王は、この世界を去ると言っていた」
「え?」

 ジラフが、キョトンとした顔でこちらを見る。
 王家の情報網に引っ掛かっていないのなら、人間側で知っていたのは俺だけだったのだろう。

「ご報告が今になってしまい、申し訳ございません。十年前、村が火事に遭った日、私は森で魔王ギルガディスと遭遇しました。その際に魔王が、自分は近く魔界に引き上げるから構うなと言ったのです」
「魔王が魔界に引き上げるだって? ――まあ、向こうから来たのなら、当然帰ることもできるんだろうけどさ」
「今回の事態は、相見(あいまみ)えながら取り逃がした私の責任です。重ねてお詫び申し上げます」
「いや、仕方ないよ。そのときの君は、その辺の子供と変わらなかったわけだし。寧ろ、無駄死にしなくて良かったんじゃない?」

 ジラフが俺に肩を竦めてみせる。
 そんな俺たちの遣り取りを聞いていた長が、焦った口調で「ジラフ様!」と声を上げた。
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