トリップしたら魔王の花嫁⁉ ~勇者の生贄にされそうだったので敵の敵は味方と思い魔王に助けを求めたら本当に来ました~
「ん? お、部屋の用意が出来たらしい」

 ギルが斜め上の空間を見上げて、唐突にそう口にする。ファンタジーお約束のテレパシー会話という奴だろうか。
 ギルが私に目を戻す。

「わっ」

 肩にポンッと手を置かれたと思えば、パッと目の前の景色が変わった。
 瞬間移動! ファンタジーのお約束コンボいただきました!

「おお、俺の部屋の隣だな。そうだよな、嫁だもんな。さすがわかっているな、魔王城」

 テレパシーの相手は城!
 城そのものが部屋の用意をするとか。何て画期的で無駄のないシステム。
 でも魔王の近くに、いきなり得体の知れない人間を置いていいんだろうか。セキュリティ的にそれはどうなんだろう。

「ん? わかってる、わかってる。そこは彼女の許可が下りるまでは開けない。誓って開けない」

 魔王が滅茶苦茶満足げにしてるから、そこが最優先事項なんだろうか。そんな気がしてきた。

「サラの世話役は……やっぱり見た目が人間に近い方がいいよな?」
「そうですね」

 ギルの提案に、私は迷いなく頷いた。
 例えば、さっき見た食人蔦の中身が包容力抜群のおかんだとして、その胸に飛び込めるかと言われるとできる気がしない。見た目、大事。

「よし、じゃあこいつにしよう。リリ、来い」

 ギルが床に向かって話し掛ける。すると直ぐさま彼の正面の床が、ポゥッと発光した。
 次いで、十二、三歳くらいの少女が床からニュッと浮き上がってくる。

「お呼びですか、魔王様」
「リリ、お前は今日からサラの世話に付いてくれ」
「サラ?」

 不思議そうに自分を見てきた少女に、私は「よろしくね」と微笑んでみせた。
 巻き毛な金髪に青い瞳。まるで精巧なお人形みたいな少女だ。

「サラは俺の嫁なんだ」
「嫁……お妃様!」

 ガラガッシャン

「わああああああっ」

 突然リリが崩れ、私は悲鳴を上げた。
 そう、崩れた。分解したとも言う。

「え、ちょっ、え、大丈夫⁉」
「大丈夫だ。リリは『呪いの人形』なんだ。驚くとたまにこうなるけど、すぐに元に戻るから」

 あ、本当に人形なんだ。しかも『呪いの』って付くんだ。まあそうだね、魔王の部下だしね。

「お騒がせしました、サラ様。このような大役、リリはとても嬉しいです。誠心誠意お仕えさせていただきます!」

 ギルの言葉通りすぐに復活したリリが、ガバッと頭を下げる。

「もう一時間もしないうちに、食事の用意ができるはずだ。それまで部屋で寛いでいてくれ。じゃあ、また後で」

 ギルが片手を上げたかと思うと、フッと消えてしまう。
 きっと先程シナレフィーさんと話していた仕事の報告を受けに、執務室に向かったのだろう。

「さあさあ、サラ様。どうぞ、お入りになって下さい。魔王城が言うには、気合いを入れてサラ様の好みにしたとのことですよ」

 ギルがいた空間をぼんやり見ていた私は、リリの声掛けに引き戻された。
 自分が整えたかのように、リリが誇らしげに扉を開ける。

(……これは)

 『気合いを入れて好みに』。リリが言うように、魔王城がものすごく頑張った感は見て取れた。

「部屋の中央に……()(たつ)

 魔王城に炬燵。何てシュールな光景……座椅子まである、それも四つ。
 残念ながら窓を含め、壁と床は城本来の石造りのまま。炬燵と座椅子以外の家具も、ファンタジー的な洋風だ。故に中央のその一画だけがとっても浮いていた。
 頑張った。魔王城、頑張った。
 気になって仕方がないので、私は真っ先に炬燵に入った。どういう原理なのか、ちゃんと温かい。

「あー……色んな意味で、温かい」

 木製の天板に、頬をぺたりと付ける。

「これ、何て魔物ですか……サラ様。リリ、食べられちゃいそうです……」

 隣を見れば、私の真似をしたリリが一瞬にして取り込まれていた。

「これはね、炬燵って言うの。うん、魔物だね。これは魔物」

 特に冬場は強力になる。入ったが最後、出られなくなる。

「コタツ……いいですね~……」
「いいよね~……ありがとう、魔王城」

 自分はテレパシーは使えないだろうが、私はそれでもお礼を述べた。
 そして私はギルが勧めた通り、食事に呼ばれるまでの時間を心ゆくまで寛いだのだった。
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